2011年8月31日水曜日

日本の総理大臣に思う事

総理大臣がまた変わった。今度は野田佳彦さん...って私的には誰それ?って感じの人なんだけど、頑張ってほしいものです。こればかりは、やってみなければ分からないと私は思ってる。

しかし日本の総理大臣はよく変わる。

今の若い人、例えば20代前半ぐらいの人とかにとっては子供の頃は小泉さんが総理大臣で、その後は毎年総理大臣が変わってるから、この傾向は最近のものって思ってる人もいるような気がするけどどうなんだろうか?

ちなみに私が総理大臣という言葉そ理解できるような年齢になったころ、中曽根さんが総理大臣だった。

私の名字は結構ありふれてるから、この「中曽根」って名字に子供ながらにインパクト大だったため結構記憶に残ってる総理大臣の一人ではあるのだが、この中曽根さんもそこそこ長く総理大臣をやっていて、その後、小泉さんまでどの総理大臣も短命でせいぜいもって2年ぐらいっていうイメージがあるから、日本の総理大臣はすぐ変わるものっていうのはそのころから変わっていない。

ちなみに、中曽根さんから小泉さんまでの間に2年以上総理大臣だったのは海部さと橋龍さんの二人だけ。(ところで、私の中では橋本龍太郎って「橋本さん」っていうよりは「橋龍さん」って感じなんだよなぁ。)

個人的に悔やまれるのが、もう少しで2年というところで他界されてしまった小渕さん。結構いい感じの総理大臣だと思ってたんだけど残念だった。


で、話をもどすけど、日本の総理大臣はよく変わる。


実はこれは世界的にも結構有名なこと。

数ヶ月前(震災のちょっと後ぐらい)に、妙に政治に詳しい友人Wさん(アメリカ人)に会った時に「菅さんまだやめないね。結構ねばるね〜」みたいな事を言われたことがあった。

別にこのWさんのような人でなくても、まぁ、普通にインテリの人達はアメリカ人に限らずどの国の人でも

日本の総理大臣=しょっちゅう変わるもの

っていうイメージを持っている。

でも、これっていつから始まった事なんだろう?

中曽根さん以前のことは私にも、経験として実感がないのでいまいちピンと来ない。


で、ウィキ博士に聞いてみた。そこで分かった事。


日本の総理大臣がよく変わるってのは明治の頃から続く日本の伝統であるという事。実際今まで総理大臣を務めた人は菅さんまでで61人。野田さんは62人目。その中で


連続で二年(730日)以上総理大臣をやった人....20人


で約三分の一だけ。(私の数え間違えが無ければ)

さらに、


連続で三年(1095日)以上の人....9人


でも、なんか大昔は伊藤さんとか大隈さんとか松方さんとか桂さんとか西園さんとか、歴史の教科書に載ってるような人やいまいち聞き慣れない人が総理大臣の座をローテション?してたりもする。

そんな理由で、そんな大昔のことはいまいち参考にならないから昭和以降に限ってみると、総理大臣になった人の数は46人。その内、


一年(365日)以下でやめた人....20人


半数近くは一年以下。

ちなみに、最近の阿部さんは366日で、ぎりぎりセーフ。(閏年だったらアウトだけど。)福田さんは365日でぎりぎりアウト。

あと有名な犬養さんはたった156日。やっぱ殺されちゃったから有名になっただけなんだろうか?

とにかく、こう考えると小泉さんは凄かったんだなぁ〜〜ってしみじみ思った。

はてさて、野田さんはいったいどのくらい保つんだろうか?

私の予想は1年もてば良い方かと...。



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2011年8月29日月曜日

島田神助の引退に思い当たる事

あれからもうすぐ一週間ぐらい経つのだが、日本のニュースやワイドショーは相変わらずこの話なんだろうか?それとも、いい加減ほとぼりも冷めたといった感じなのだろうか?

ところで、今回はこの事について私なりに思い当たる事を書く事にする。ちょっと長いので興味のある人だけどうぞ。


で、一応、ネットで集めた情報によると、島田神助は10数年前、とあるトラブルを友人Aさんの知り合いの暴力団関係者Bさんに解決してもらった。その後、せいぜい5回ぐらいしかこのBさんとは会っておらず、親密な関係という訳ではないのだが、その事が発覚し、それは芸能界のルール違反で有ると知らせれ、その責任を取って引退する事にした。


え?たったそれだけ?


って普通の人は思ったかもしれない。

記者会見では吉本の若い人などに示しがつかないとかなんとか言ってたけど、本当にそれだけ?

後から流れて来た報道によると、写真や手紙も発見されたっぽいようなこともあるから、若い人云々は建前上の理由で、本当は暴力団ともっと深い関係を持っていてそれが明るみに出る前に引退してとりあえず「逃げた」のでは?

って思ってる人もいるかもしれない。

だいたい、若い人に示しがつかないのなら、6年前の障害事件の方がよっぽど示しがつかないような気もする。これが2ヶ月の謹慎ですんだのだから、今回だって、さすがに引退までしなくても、って思う人もいるかもしれない。

それとも、6年前にも問題を起こして、これが二度目だからさすがにまずいと思って引退したのかも?ってな憶測もあるかもしれない。



が、私はそのどれもが正解とは思わない。



おそらく、暴力団関係者との繋がりは会見で述べた通りのような気がする。本人が否定していた写真が出て来たとの報道があるが、おそらく報道が間違っているか、本人が写真を一緒に撮ったことがあったのをたまたま忘れていたかどちらかで、たいした問題ではないように思う。手紙に関してもまた同様。



でも、会見では島田神助は本当の事は言っていない



と私も思っている。



その事を書く前に、テレビで言っていた(っていうか私の場合はYouTubeで見た)島田神助とBさんとの関係を詳しく書いてみる。


そもそも、島田神助は10数年前、芸能界を引退しなければならないと考えるほどのトラブルに遭遇した。周りの人間に相談しても、だれも助けてはくれなかった。それを解決してくれたのが友人Aさんの知り合いの暴力団関係者のBさん。

その時まで、島田神助とBさんは何の面識も無かった他人同士。

そんなBさんが、たとえ暴力団関係者ではあるが、芸能人としての人生が終わってしまうのではないかというほどの境遇に追いやられた島田神助を救ってくれた。

このBさんは、島田神助が芸能人だったから何らかの見返りを期待して助けてあげたのだろうか?

否。

このBさんが島田神助に言ったことは

「一切の恩を感じる必要はない」

と。そしてさらには

「芸能界と暴力団組織の人間が会うことは、あなたにとってマイナスだから、会ってはならない。心が通じ合っていればそれでいいじゃないか。」

ヤンキーあがり島田神助はこの事に心を打たれたと言っていた。そして、このBさんにその後数回ほど会った事はあるが、親密な交際をする訳でもなく、でも感謝の気持だけは忘れる事無く、その後、島田神助は芸能人としての至福の期間を過ごして行く事になったのである。


もし仮に、島田神助が引退ではなく数ヶ月間程度の謹慎処分を受けたとしたら、それはどいうい事を意味するのだろうか。

謹慎するという事は、このBさんとの関係を反省し、これを悪行であったと認め、もちろんBさんとその後の関係を一切断ち、謹慎後からまた芸能活動に復帰すると言う事。

それはすなわち、Bさんとの「心と心の繋がり」をも断ち、感謝の気持ちも忘るということ。

そんな事ができるだろうか?

Bさんが、ほんのちょっとしたトラブルを解決してくれた、といった程度なのであればそれも可能かもしれない。

しかし、芸能界を去ろうと考えなければならないほどの大ピンチを救ってくれた人物である。

島田神助は会見で「もし今度Bさんを町で見かけるような事があれば、遠くからでも感謝の意を込めて頭をさげます」といったような事を言っていた。

人生に一度あるか無いかの大ピンチを救ってくれた人物。仮にその人物が暴力団関係者であっても、その人への感謝の気持を捨ててまで芸能界で生きながらえようとは思わない。そういう思いが、島田神助の心の中を駆け抜けた結果の決断だったように私には思える。

でも、島田神助は記者会見ではこのような事を引退の理由としては上げていない。

おそらく、言えなかったのではないかと私には思える。



で、なぜ私がブログでこんな事を書いたかって?


それは、私にも似たような体験があるから。


私は今からちょうど14年にアメリカに渡り、その後、数学に出会い、少しずつ、少しず〜つ数学者への道を歩み続け、現在のところまで辿り着いた。

その間、一度だけ、そう、たった一度だけではあるが、数学の世界を去らなければならないと考えた事があった。

その時は本当に絶体絶命の大ピンチであり、もはやどうにもならないのではと思うような境遇に追いやられたのだ。そして本気で数学者以外の道を模索し始めたのだった。

才能とか努力とかではどうにもならないような、自分ではどうする事も出来ないような厳しい状況というのは起こりうるものだと思い知らされたとでも言おうか。

一流の水泳選手であっても、大海に浮かぶ小さな孤島に一人取り残されたら、泳いでそこを脱出することなど不可能である。

あの時はまさに、そんな感じの境遇であった。

数学者としての人生は完全に詰んでしまった、と覚悟を決めなければならないのではと考えていた。そして周りには助けてくれるような人など誰もいなかった。

が、そんな時、全く想像もしていなかった所から助けの手を差し伸べてくれた人物がいた。しかも、この時点で私とその人物との間には一切何の面識も無かったのだ。


孤島に取り残され死をも覚悟した私の前に突然現れた一隻の船とでも言うべきか。


この時のこの人物の助けが無ければ、私の数学者としての人生はもうとっくの昔に終わっていたのである。

そして、それだけでなく、この人物から「お前を助けてやったんだ、ありがたく思え」的な恩着せがましい態度など一切なく、さらにはその後の私の事も十分に考慮してくれるような振る舞いをも見せてくれたのだ。

って、その人物はどこの誰で、具体的にはどんな事があったのかって?

それはこんなブログでさらっと書けるような事ではないし、それどころか親しい友人や親兄弟にだって話すことだってできない、そのぐらいの事。

とにかく、もし仮に、私がこの人物との心と心の繋がりをも断ち、感謝の気持ちをも捨てなければ数学者として今後生き残れないということになれば、私は数学の世界を去る方を選択するであろう。

そうまでして数学者として生き長らえたいとは思わないから。


孤島に漂流し死を覚悟した時に現れた船。その船に対する感謝の気持ち捨ててまで生き続けられる人間がこの世に何人いるだろうか?仮にその船が麻薬の密売船や人身売買の密航船のような類いのものであったとしても。


そう考えると、島田神助の今回の決断は私には十分に理解できるのだ。


でも、自分の地位や名誉や成功といった長い時間をかけて築き上げてきたもの全てよりも重い感謝の気持ちを持てる人物。親とか兄弟とかというのではない他人でそんな人物に一生のうちに一度でも出会えた人というのは極めて幸せな人だとも思っている。

ただ島田神助にとって「幸い中の不幸」はその人物が裏の世界に属していただけで。


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2011年8月22日月曜日

今日から新学期

今日から新学期が始まった。

なんか毎回学期の初めには同じことを書くようだけど、授業を行う上で新学期最初の授業はものすごく重要なのだ。だから毎学期、初日の授業はいつも緊張する。

もう、何年間もアメリカの大学で教えているのに、新学期の初日はいつもこういう気持ちになる。これは多分、今後何年間たっても変わらないように思える。

そんな「初日」も無事終了。

今日は疲れた〜〜。


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2011年8月17日水曜日

アメリカに帰ってきました

という訳で、皆さん、ご無沙汰です。
アメリカに無事戻って来ました。そして新しい職場であるミズーリ大学コロンビア校のあるミズーリ州コロンビア(って大学と町の名前がそのまんま一緒なんですけど)への引っ越しも完了し、来週から新学期が始まります。

しかし、日本には2ヶ月いたけど、結局、義兄さんの始めたラーメン屋の手伝いばっかしてたwww

そんな訳で、本職の方は、ほとんど何もせずに夏休みが終わってしまった。

でも、ラーメン屋の開店前後にその手伝いをしながら、なんか色々な経験が出来た。ラーメン屋のこととか色々学んだ気もする。数学者に関係なく、そんな経験をしたことがある人なんてほとんどいないとおもうから、それはそれでかなり貴重な経験が出来たと思ってる。

まぁ、とにかくそんな感じで、ある意味充実した夏休みではあったのだが、アメリカにも戻ってきたし、再び数学者としての日々を再会することにする。


ブログも再会しますので、ちょくちょく、チェックしてくださいませ。


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