ラベル STAP細胞論文 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル STAP細胞論文 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年8月6日水曜日

真犯人よ出てこい!〜スタップ細胞論文に思う事その5〜

個人的にはこの話題がこんなに長い間(半年以上)に渡ってマスゴミの餌食になるとは思ってなかったのだが、ついには関係者の自殺という事態にまで至ってしまった。「マスゴミによるイジメ自殺」と言っていいと思う。

ところで、私は日本から離れているため、基本的にネットでのみの情報収集となるのだが、今回の一連の報道等を見ていて、一つだけほとんど指摘されていな事がある事に気がついた。

それは「真犯人」の存在が未だに取り上げられていないことである。

まず、今年の一月に理研がNHKを通じて、STAP細胞に関する記者会見を行った。(ちなみに私的には、これ自体が異常な事である。たかがNatureに論文を発表したぐらいで、テレビで記者会見など、普通はあり得ないことだからだ。おそらく理研としてはSTAP細胞に関して相当の自身があったのだろう。が、この事は今回は触れないでおくことにする。)

そして、その約一ヶ月後に、論文の不備が発覚。使われている画像のうち3枚ほどが使い回しであったという事である。

ところで、この問題になったNatureの論文は以下のリンクで公開されている。(すでに論文は撤回されているため、Retractedと書かれているが、それでも読む事はできる。)

http://www.nature.com/nature/journal/v505/n7485/full/nature12968.html

マスゴミ関係者は言うまでもなく、小保方氏やその論文を叩いている人のいったいどれだけの人が、この論文に実際に読んだのだろうか?と思ったりもするのだが、とにかくさらっとでも目を通せば分かる事がある。

まず、ほとんどの人に取っては(英語が読める人であっても)いったい何が書いてあるかすら分からない、ということである。

そして、この論文には約80点ほどの画像と4つの動画が添付されているのだ。

で、そのうちの3枚ほどがちょっとおかしかった、といったことが発覚したのである。しかもこの画像は後に小保方氏が単純ミスで本来使うべき画像を他の画像と間違って貼ってしまったと、説明しているものである。さらには、Natureの査読員だって指摘できなかったほどである。

って、じゃあ、いったい誰がそんな細かい点に気づいたのか?まさに重箱の隅をつつかなければ分からないような点である。

さらには、これとほぼ時を同じくして、Natureの論文とは直接は関係のない小保方氏の博士論文の序章のコピペ問題も発覚した。(ちなみに、このコピペ問題がどの程度の問題なのかに関しては以前に書いたことも読んでください)



この二つが「不正」として各メディアに時を同じくして報じられたのである。そう、ほぼ同時に「発覚」したのである



明らかに言える事は、マスゴミ関係者や一般のネットユーザーが同時にこの二つに気がつくことなどまずあり得ない、ということである。いや、それどころか専門家であっても気づかないようなことである。実際にNatureの査読員は気づかなかった訳だし。


おそらく(というかほぼ間違いなく)以前からこの二つの問題点を知っていた人物がタイミングを見計らってマスゴミにリークしたものと考えられる。

推測ではあるが、理研内部のとくに小保方氏をよく知る人物によるものであろうか。おそらく小保方氏の研究グループの行動をやっかんだ理研内部の別のグループや派閥による「犯行」のようにも思える。

そして、目論み通りにマスゴミが騒いでくれた。

さらに、暴れだしたマスゴミの止め方など知る由もない理研はとりあえずの謝罪。でも、事件は収まる訳もなく、逆に騒ぎが大きくなり、結局今回のような事態に至ってしまった、というのが私の考えるところである。


で、私が声を大にして言いたいことは、この「真犯人」を追求する必要がある、ということである。不正とも言えないような、ちょっとしたミスによる画像の取り違いと博士論文の序章のコピペ。こんな程度のものをあたかも犯罪であるかのごとくにマスゴミにリークした理研内部のやっかみ連中。私はこのような人達が必ずいると確信している。そして彼らは今でも陰でほくそ笑んでいるはずである。



ブログランキングに登録しています。 
ここをクリックするとこのブログに票が入るので 
みなさん、清き一票を。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
人気ブログランキング

2014年5月30日金曜日

共著とは〜STAP細胞論文に思う事その4〜

一ヶ月以上間が空いてしまった。今学期も無事終了し、その後はひたすら論文を書いていました。

ところで論文と言えばSTAP論文?
って、この話題はもうかなり沈静化しているのだろうか?

いずれにしても、この件に関して言いたい事(書きたい事)はまだあるのだが、今回は「共著とは」について書いてみる事にする。

現代においては、多くの分野では論文を「共著」という形で執筆することが一般的になっている。ガリレオやニュートンの時代ならまだしも、現代では自然科学は言うまでもなく、その他の分野であっても、学問が高度に発展しており、たった一人だけで研究をし論文を発表することが極めて困難になっているからである。

数学のような学問は自然科学とは異なり(学問の性質上)ある程度は一人だけでも研究できるため共著にならないsingle authorの場合もあるのだが、やはり共著も多数ある。私の論文も約半数は共著である。

そして、共著者に名を連ねるという事はどういうことか?

それは

1.論文に書かれた研究結果の功績の一部が自分のものになる。
2.論文の責任を負う。

ということである。

そして多くの分野では、この「功績と責任」の大きさに応じて、第一著者、第二著者、などといった共著者の「順位」みたいのが決まったりする。

ところで話はちょっと逸れるが、数学ではこのような「共著者の順位」みたいなものは存在せず、共著者は全員、名字のアルファベット順に表記されることになっている。つまり、共著者全員に同等の「功績と責任」が振り分けられるのである。

今回のSTAP論文も共著論文である。数学ではないため第一著者の小保方さんに一番多くの「功績と責任」が与えられるのだが、その全てが与えられる訳ではない。

しかし、これまでの事件の流れを見ると他の共著者は責任の全てを小保方さんに押し付けている。

共著者に名を連ね功績の一部はいただく、でも責任は一切負わない、というのであれば、それはもはや共著ではなく単なる詐欺である。こういう人達は今すぐ学問の世界から足を洗うべきである。



ブログランキングに登録しています。 
ここをクリックするとこのブログに票が入るので 
みなさん、清き一票を。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
人気ブログランキング

2014年4月8日火曜日

STAP細胞論文に思う事〜その3〜

現在、これを書いているまさにその瞬間、小保方さんが記者会見を行っている。私に言わせれば、彼女は謝らなければいけないようなことは何一つしていないのだが、こういうニュースを耳にすると「日本社会というのは住みづらい場所だなぁ〜」と思ったりもする。

ところで、話が多少古くなってしまったが、今回は博士論文のことを少し書く事にする。

小保方さんの博士論文の第一章がコピペだった、という事実が発覚した問題である。どっかの暇な人によるとこんな感じである。

で、この話をする前にまず知っておかなければならないことは「博士論文はいわゆる"self-contained"に仕上げなければならないというある種のルールがある」ということである。これは国によって異なりうるし、また同じ国でも大学や分野、さらには同じ分野内でも各指導教官によっても異なるのだが、やはり、このルールを適応している所が多いようである。

これはどういう意味であるかと言えば、博士論文の場合、雑誌等に投稿する論文とは異なり、その分野の研究者だけではなく、それよりも遥かに広い読者層でも分かるように書かなければないということである。そのために、基礎となる知識やバックグランド、既知の理論やその研究の歴史や意義など、その分野の研究者であれば誰でも知っているようなものも博士論文の一部(通常は第一章とか)に書き入れる風習がある。つまり、博士論文がそれ自体(self)で全て含まれる(contained)という形式になるのだ。

理由は教育的なものと形式的なものがあると私は考えている。

ところが、自然科学や数学の場合、このような既知の理論やバックグランドなんて、誰が書いたって、まぁ語彙や言い回しこそ異なれ、その内容なんて同じものにならざるを得ないのである。当たり前である。科学理論は思想や文学とは異なるからである。

そのため博士論文の第一章なんて、その道のプロが見れば「こんなのどの教科書見たって書いてあるよ」とか「こんなの誰でも知ってるよ」とか思うような内容になるのが普通であり、言ってみれば「表紙の一部」みたいなもので、そこに書いてあることなんて誰も気にしないものなのだ。

で、小保方さんの場合、その「表紙の一部」がコピペだった、ということに過ぎないのである。まぁ、少しぐらい手を加えて自分の言葉で書き直すぐらいの事をしても良かったのかもしれないないが、単純に面倒だったのでしょう。いや、考え方によっては、そんなことに時間やエネルギーを使うよりも、第一章なんてコピペして時間を節約した小保方さんはむしろ研究者として素質があるようにも思える。


結局、この博士論文のコピペ問題なんて、この程度の事なのである。


ブログランキングに登録しています。 
ここをクリックするとこのブログに票が入るので 
みなさん、清き一票を。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
人気ブログランキング

2014年4月4日金曜日

STAP細胞論文に思う事〜その2〜

前回からの続きで、細胞論文騒動に関してコメントします。

まず、日本人(に限らないが)の多くの人(というかほとんどに人)は科学論文なんてまともに書いた事もないのが普通である。いや、書くどころか読んだ事すらないのが普通である。

そんな人がまず知る必要があることを一つ。それは

いわゆる理系分野(私はこの理系とか文系という言葉は極力使いたくないのだが、ここでは便宜上使う事にする)では、基本的に

ほぼ全ての論文が(学問の歴史の中で見れば)ゴミ程度の価値しかない

ということである。

おそらく世間に出回る論文の99.99パーセントぐらいはゴミのような論文である。私は数学が専攻だが、数学のような厳密な学問であったとしても例外ではない。実験系科学になればなおさらであることが容易に分かる。

このことは世界的に最も権威があるとされる論文雑誌(Natureとか)に載るような論文でもその例に漏れないのだ。

もちろん私が今までに書いた論文もそうである。

ましてや博士論文などになればゴミの中のカスぐらいといったところが普通である。(さらに修士論文ぐらいになれば、目にも見えない塵ぐらいである。)

そして、論文一本一本の重箱の隅をつつけば、いくらでも問題点は見つかるものなのである。不完全なものもあるし、不備もある。あやしい点も見つかるかもしれない。ミスだってあるし、書き間違えもある。

数学のような学問であっても、一本一本の論文をよく調べれば、

この論文にあるこの定理の証明ちょっと怪しいんじゃないか?

とか

こんなの、当たり前のことじゃん。なんでこんなくだらないことを論文にする必要があるんだ?

とか

この論文の内容、間違えでは無いけどだからどうしたの?

とかいった感じで首を傾げたくなるようなものも沢山あるし、さらには

この論文に書いてあることって、基本的に間違えじゃん

ってな場合だってあるのだ。もちろん、世界的に権威のあるジャーナルに出版されているような論文であってもである。

それもそのはずで、上に書いたように分野を問わず99.99パーセントの論文はゴミだからである。

とりわけ、現代においては学者間の競争も激しい上に、学問も細分化されており、各分野の最先端の論文を理解できる人間など世界中に数人といないかもしれないのが普通である。

そのような状況で、研究者(特に若手)の多くは少しでも良質の論文を少しでも早くかつ多く排出することを迫られるのだ。

そのことが、論文一本一本の「ゴミさ加減」をさらに増すことになる。が、


実はそれで良いのである!!


ゴミのような論文が大量に排出され、ゴミの上にゴミが積もり、巨大なゴミの山ができる。が、これが不思議なもので、いつしかそんなゴミの山の中から小さなダイヤの原石(残りの0.01パーセントの論文)が生まれるのだ。そして、そんなダイヤの原石に磨きをかけようとして、さらにゴミのような論文が大量に重なり、初めは小さなダイヤの原石も少しずつ大きくなり、磨きがかけられる。このようなプロセスが長い年月に渡り行われ、いつしか『まばゆい光を放つ大粒のダイヤ(後世に残る大理論)』が出来上がるのだ。そして、この時点になるともやはそのダイヤがいったい誰の功績なのかすら分からなくなっているのである。

そのため、論文一本一本はある程度時間が経てば、誰も読まないものになるのだ。数学で言えば、まぁ、どんな価値のある歴史的論文でも半世紀以上経てば、ほとんど読まれなくなる。

ちなみに(いわゆる)文科系の学問と理科系の学問の相違点の一つはこのような点にもある。哲学を志す人であれば誰でもプラトンやアリストテレスの著作を(ある程度は)読む必要がある。これらは2000年以上も前に書かれたものである。が、数学を志す人は別にガウスやオイラーの書いた論文なんて読む必要は全くないのである。相対性理論を学ぶのにアインシュタインの書いた現物を読む必要等もない。それどころか、そんな昔のものを読んだらかえって理解の妨げになるし、時間の無駄でもある。


結局、数学や自然科学は「ゴミの積み重ね」によって発展していく学問であり、一本一本の論文(つまり単なるゴミ)を取り上げて、その不備や不完全生を指摘することがいかに馬鹿げた事か理解する必要がある。

STAP細胞論文の著者を論文の内容を理由に非難したい人は、世界中のほとんど全ての科学者も同様に避難しなければならない。そしてそれは、科学の発展そのものを避難することでもある。


ブログランキングに登録しています。 
ここをクリックするとこのブログに票が入るので 
みなさん、清き一票を。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
人気ブログランキング

STAP細胞論文に思う事〜その1〜

理化学研究所は(というか理化学研究所の上層部の人間は)自らの面子や地位や利権を守るために若い研究者を一人スケープゴートとして血祭りに上げるという行動に出た。悲しいというか、日本人として恥ずかしいというか。

と言うか、そもそもこの話、大騒ぎするようなことじゃないだろ!!

相変わらず日本のマスコミ、いやマスゴミは、くだらないことに大騒ぎをして個人攻撃をするが好きなようだ。

最近では日本のマスゴミは、政治家をくだらないこと(例えば、漢字の読み間違いとかwww)を理由に叩いてもネットで返り討ちにあうことを理解してきたのだろうか、あまりくだらない政治家イジメが聞かれなくなってきたように思っていたのだが、今度は「科学者イジメ」なる新ジャンルwwでも確立しようとしているのだろうか?

しかも今回の場合、マスゴミだけでなくブロガーなどのネットメディアまでもがこぞってこの陰湿なイジメに加担している。

件の女性科学者に関して、科学の研究や論文のこともろくに知らずに個人攻撃をしているそこのあなた、恥を知りなさい!

そもそも、論文の内容がまだ間違っていたと決まった訳でもないのに、内部事情も知らずに、いったい何の権利があってこのような個人攻撃が出来るのだろうか?いや、そもそも論文の内容が間違っていてもこの女性科学者は避難されるような理由はないのである。


理研は不正を認めたと言いながら、検証実験を行うなどと言っている。で、検証には最低一年はかかるとのこと。これ聞いた時


はぁ!!なんじゃそれ!?


と思わざるを得なかった。順番逆だろ!!検証実験を行いその結果次第で初めて論文の内容に文句をつけられる訳で、それをする前に不正だとか言ってる時点で、


理研としては、とりあえず不正を認めれば騒ぎが収まるから


といったところが本音であるように思えてしまう。


これってまるで、慰安婦問題の河野談話である。河野談話も「(慰安婦問題は)話が大きくなっちゃったから、とりあえず非を認めて謝っておこう」ぐらいのノリであった。(ちなみに、慰安婦問題はその軽いノリのおかげでその後は皆さんのご存知の通りにとんでもない自体に進展してしまった訳ではあるが。)



話はそれたが、そんな訳で、今回はとりあえず私の意見をズバッと書いたが、細かいことは次回へ続く。



ブログランキングに登録しています。 
ここをクリックするとこのブログに票が入るので 
みなさん、清き一票を。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
人気ブログランキング