今日は大晦日。でも、日本ではもうお正月。
しかし、数学者には大晦日もお正月も関係ないのだ。そんな訳で今日も一日研究に没頭。出張まであと数日。やることが結構ある。
でも、やっぱ大晦日ということで夕飯は蕎麦を茹でた。
鶏肉、韓国の餅、それにちょっと野菜を入れて、つゆは自家製。蕎麦は近くのKoreanマーケットで買ってきた。器がちょっと蕎麦っぽくないけど美味しかった。
ちなみに私は日本の大学時代、蕎麦屋でバイトを結構やっていた経験があり蕎麦のことは普通の人よりは詳しい(つもり)。
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将来を嘱望された(かどうかは不明な)若手(?)数学者のブログ。アメリカの某大学でAssociate Professorなるポジションについています。数学者というあまり馴染みのない職業がどんなものなのか、ちょっとは分かるかも。あまり読者のことは考えずに書いているので、その点ご注意を。
2008年12月31日水曜日
2008年12月28日日曜日
インディアナ州の日曜日
今日は日曜日。ちょっと遅めの起床。
ところで、サンディエゴへの出張まであと一週間と迫った。そんな訳で、昼飯を食べた後はただひたすら研究に没頭。
夕飯は外食。近くのダイナーで適当に済ませた。で、なんか急にワインが飲みたくなったから、帰りに買って帰るべく、近くの酒屋へ。と思ったら酒屋は閉まってる。日曜だからなぁ~。仕方がなく、スーパーマーケットに行って、ワインとあとほかにちょっと買い物。
そしてレジへ.......。
そのときレジの人から衝撃の発言が飛び出した。
"You can't buy wine!"
ってどういうことやねん。一瞬思ったことは、
そうか、私のことを21歳未満と思ってるんだな。私は年齢よりも若く見えるからなぁ~。
アメリカではよく知られているように(?)21歳未満はアルコールは飲むのも買うのも違法。スーパーなどでも、この辺は日本よりも遥かに厳しいのだ。私もアルコールを購入する際はほとんどの場合ID(身分証明書)の提示を求められる。
そこで店員に
IDが必要なのか?
と聞き返したが、そうではないらしい。
なんと、なんと、なんと、インディアナ州では州の法律で、
日曜日はアルコール類の売買は禁止
とのこと。今日初めて知った衝撃の事実である。
以前にインディアナ州は保守的な州だと書いたことがあったが、こういうところにその保守的ブリが表れているように思った。
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ところで、サンディエゴへの出張まであと一週間と迫った。そんな訳で、昼飯を食べた後はただひたすら研究に没頭。
夕飯は外食。近くのダイナーで適当に済ませた。で、なんか急にワインが飲みたくなったから、帰りに買って帰るべく、近くの酒屋へ。と思ったら酒屋は閉まってる。日曜だからなぁ~。仕方がなく、スーパーマーケットに行って、ワインとあとほかにちょっと買い物。
そしてレジへ.......。
そのときレジの人から衝撃の発言が飛び出した。
"You can't buy wine!"
ってどういうことやねん。一瞬思ったことは、
そうか、私のことを21歳未満と思ってるんだな。私は年齢よりも若く見えるからなぁ~。
アメリカではよく知られているように(?)21歳未満はアルコールは飲むのも買うのも違法。スーパーなどでも、この辺は日本よりも遥かに厳しいのだ。私もアルコールを購入する際はほとんどの場合ID(身分証明書)の提示を求められる。
そこで店員に
IDが必要なのか?
と聞き返したが、そうではないらしい。
なんと、なんと、なんと、インディアナ州では州の法律で、
日曜日はアルコール類の売買は禁止
とのこと。今日初めて知った衝撃の事実である。
以前にインディアナ州は保守的な州だと書いたことがあったが、こういうところにその保守的ブリが表れているように思った。
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2008年12月23日火曜日
成績の付け方
今日、今学期が正式に終了した。
事実上は、10日前に授業は終了したのだが、今日私が受け持つ授業の成績を提出して、完全に今学期の仕事が終わったことになる。なんか、今学期は授業が軽めだった気がする。
ところで、大学の成績ってどうやってつけるの?って思っている人のために大サービス。成績がどうやってつけられるかの裏話を公開。
って、言っても実は、成績がどのように決定されるかっていうのは秘密でも何でもなく、原則として公開されるべきもので、仮に学生にどう成績が決定されたかを聞かれたらきちんと説明するのも、教員の義務なのである。少なくともアメリカの大学では。(日本の大学の事情は実はよく知らないのだが)
まず、期末試験、中間試験(今回の私の授業では2回あった)、宿題、そして小テスト(こっちでいうところのQuiz)の点数をあらかじめ決められた比率で分配する。今回の場合は
期末試験....200点
中間試験....各100点、計200点
宿題と小テスト....計100点
で、合計500点のスコアーを算出する。ちなみに、私の受け持った生徒で最高は460点だった。そして、このスコアーに従って、上からA、B、C、D、そしてFと成績を決めていくのである。
通常はこのAとかBの決定方法は各教員にゆだねられるのであるが、今学期私が受け持った授業はこの辺はちょっと異なるのである。
というのも、この授業は私が受け持った分(2クラス)を含め合計14クラスあるのだ。この14クラス全てが同じ教科書を使い、全く同じ章がカバーされ、そして全く同じ宿題が出されるのである。そして中間は各教員が各自の裁量で作ることになっているのだが、期末試験は共通試験。こっちで言うところの"common final exam"。つまい、この14クラスの生徒全員が同じ時間に同じ場所で全く同じ期末試験を受けるのである。
そして、この期末試験の結果に応じて、このクラスにはAを何個、Bを何個、Cを何個、Dを何個、そしてFを何個とDepartmentが決定するのである。
これに従って、上で言った計500点の順位に従ってAとかBとかをつけていくのである。
でも、これってちょっと不公正(?)な話で、例えばこんな感じになりうるのだ。仮にDepartmentの決定で、Aが8人、Bが10人だったとしよう。(ちなみに1クラス大体35~40人ぐらい生徒がいるので、大体このぐらいが妥当な数になる)
そうなると、計500点のスコアーの合計で上位8人がA、その後の10人がB、ということになる。でも、仮に8人目、つまり一番下のAの生徒のスコアーが400点で、9人め、つまり一番上のBの生徒のスコアーが399点だったとしよう。厳密にDepartmentの決定に従うとたった1点差でAとBが分かれてしまうことになる。
これはどう考えてもおかしい。こっちでよく使う表現でを使えばUnreasonable!!
そこで登場するのがA-とかB+とかってやつ。日本の大学にはこの制度はない?
とにかく、この場合、400点の生徒をAではなくA-にして、399点の生徒をBではなくB+にすると言った感じで成績をつけていくのである。そして、この辺はDepartmentが決定することではなく、各教員の個人的な裁量で決定されるのだ。
でも、A-とかB+を使ってもたった1点で成績に差が出るのはやっぱりおかしい。
そういう時は、AとBの境界をDepartmentの決定に逆らってちょっとだけ動かしてみたりもするのだ。たとえば、399点の次の生徒のスコアーが仮に370点で、400点の一つ上の生徒が402点だったとしよう。その場合399点の生徒もAあるいはA-に繰り上げる、といったような処置が取られるのだ。
つまり、大まかな成績の分布はDepartmentによって決定され、微調整は各教員の個人的な裁量で行われるのである。
でも、もちろん、これは今学期私が担当した授業の話であって、同じ大学でも授業によって異なるし、別の大学ではまた異なった方法で成績が決定されるのではあるが。
それでも、私は今まで合計4つのアメリカの大学で教えた経験があるのだが、大体、以下の2つのパターンがあるように思われる。
1.今回の私の授業のように、大まかなことはDepartmentが決定し、各教員が微調整を行う。
2.100%各教員の自由意思に基づいて成績を決定する。
同じ大学でも、授業によってこの辺は異なったりするのだが、私の個人的な感覚では授業が上級生向けになればなるほど、2のパターンになっていくようである。
ちなみに、個人的には2のパターンの方が圧倒的にやりやすかったりする。で、来学期私が担当する授業は2のパターンである。
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事実上は、10日前に授業は終了したのだが、今日私が受け持つ授業の成績を提出して、完全に今学期の仕事が終わったことになる。なんか、今学期は授業が軽めだった気がする。
ところで、大学の成績ってどうやってつけるの?って思っている人のために大サービス。成績がどうやってつけられるかの裏話を公開。
って、言っても実は、成績がどのように決定されるかっていうのは秘密でも何でもなく、原則として公開されるべきもので、仮に学生にどう成績が決定されたかを聞かれたらきちんと説明するのも、教員の義務なのである。少なくともアメリカの大学では。(日本の大学の事情は実はよく知らないのだが)
まず、期末試験、中間試験(今回の私の授業では2回あった)、宿題、そして小テスト(こっちでいうところのQuiz)の点数をあらかじめ決められた比率で分配する。今回の場合は
期末試験....200点
中間試験....各100点、計200点
宿題と小テスト....計100点
で、合計500点のスコアーを算出する。ちなみに、私の受け持った生徒で最高は460点だった。そして、このスコアーに従って、上からA、B、C、D、そしてFと成績を決めていくのである。
通常はこのAとかBの決定方法は各教員にゆだねられるのであるが、今学期私が受け持った授業はこの辺はちょっと異なるのである。
というのも、この授業は私が受け持った分(2クラス)を含め合計14クラスあるのだ。この14クラス全てが同じ教科書を使い、全く同じ章がカバーされ、そして全く同じ宿題が出されるのである。そして中間は各教員が各自の裁量で作ることになっているのだが、期末試験は共通試験。こっちで言うところの"common final exam"。つまい、この14クラスの生徒全員が同じ時間に同じ場所で全く同じ期末試験を受けるのである。
そして、この期末試験の結果に応じて、このクラスにはAを何個、Bを何個、Cを何個、Dを何個、そしてFを何個とDepartmentが決定するのである。
これに従って、上で言った計500点の順位に従ってAとかBとかをつけていくのである。
でも、これってちょっと不公正(?)な話で、例えばこんな感じになりうるのだ。仮にDepartmentの決定で、Aが8人、Bが10人だったとしよう。(ちなみに1クラス大体35~40人ぐらい生徒がいるので、大体このぐらいが妥当な数になる)
そうなると、計500点のスコアーの合計で上位8人がA、その後の10人がB、ということになる。でも、仮に8人目、つまり一番下のAの生徒のスコアーが400点で、9人め、つまり一番上のBの生徒のスコアーが399点だったとしよう。厳密にDepartmentの決定に従うとたった1点差でAとBが分かれてしまうことになる。
これはどう考えてもおかしい。こっちでよく使う表現でを使えばUnreasonable!!
そこで登場するのがA-とかB+とかってやつ。日本の大学にはこの制度はない?
とにかく、この場合、400点の生徒をAではなくA-にして、399点の生徒をBではなくB+にすると言った感じで成績をつけていくのである。そして、この辺はDepartmentが決定することではなく、各教員の個人的な裁量で決定されるのだ。
でも、A-とかB+を使ってもたった1点で成績に差が出るのはやっぱりおかしい。
そういう時は、AとBの境界をDepartmentの決定に逆らってちょっとだけ動かしてみたりもするのだ。たとえば、399点の次の生徒のスコアーが仮に370点で、400点の一つ上の生徒が402点だったとしよう。その場合399点の生徒もAあるいはA-に繰り上げる、といったような処置が取られるのだ。
つまり、大まかな成績の分布はDepartmentによって決定され、微調整は各教員の個人的な裁量で行われるのである。
でも、もちろん、これは今学期私が担当した授業の話であって、同じ大学でも授業によって異なるし、別の大学ではまた異なった方法で成績が決定されるのではあるが。
それでも、私は今まで合計4つのアメリカの大学で教えた経験があるのだが、大体、以下の2つのパターンがあるように思われる。
1.今回の私の授業のように、大まかなことはDepartmentが決定し、各教員が微調整を行う。
2.100%各教員の自由意思に基づいて成績を決定する。
同じ大学でも、授業によってこの辺は異なったりするのだが、私の個人的な感覚では授業が上級生向けになればなるほど、2のパターンになっていくようである。
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2008年12月16日火曜日
抜歯
5歳の時....扁桃腺摘出
18歳の時....盲腸摘出
20歳~32歳の間....親知らず4本抜歯
そして、今日私の体の一部が再び人為的に取り除かれることになったのだ。
2008年12月16日....第一小臼歯4本抜歯
この前始めた歯列矯正のために、前から4番目の歯4本を抜歯るす日が来たのである。
この抜歯は、矯正医が行うのではなく、抜歯のプロ、"Oral Surgeon"、日本語で言うところの口腔外科医が行うのだ。このためになんと、車で1時間半近く離れたインディアナ州の州都インディアナポリスまで行くことに。
って、West Lafayetteには口腔外科医はいないのだろうか?やはり田舎だからなぁ~。
とにもかくにも、予約時間は1時半。そして、抜歯の後、今日はまともな食事ができないことが予想されるので、昼飯を気合い入れて食べることに。そこでやってきたのがここ。
肉、野菜、パスタ、サラダ、デザート、その他もろもろ食べ放題のGolden Corral。アメリカでたまに見かける、食べ放題のチェーン店。私の家から高速道路の入口に行く途中にも一店存在する。
今日の昼はここでお腹が膨れるまで食べることに。こんな感じのが食べ放題。
ランチタイムは一人約8ドル。ちなみに、夜に来ると、もっとちゃんとしたステーキとかが食べられる。ちなみに夜の値段は10ドルちょっと。
ここに来たのは今日で3回目。家からちょっと遠いのと、食べ放題というだけで、別に特に美味しいわけでもないので、めったに来ない。でも、今日はここで「食いだめ」をして、いざインディアナポリスへ。
高速に乗って車を走らすこと1時間20分、現場到着。これがその病院(って言うんだろうか?)。
ちなみに、今日は雪がちょっと降ってる。
中に入って、ちょっとした手続きを済ませ、いよいよ手術室(?)へ通された。椅子に座らせらて、まずは血圧チェック。そして、いよいよ口腔外科医登場。
職業を聞かれたから、Purdue大学で教員をやっていると答えたら、この医者もPurdue出身とのこと。ちなみに、彼の奥さんも、息子も、娘もみんなPurdueを出たらしい。
まぁ、そんなことはさておき、いくつか説明を受けいよいよ、麻酔の注射。ちょっとだけ痛かった。ちなみに、West Lafayetteまで車で1時間半かけて帰るといったら、「それまでに麻酔が切れないように」という理由で普通よりも多めに麻酔を打たれた。
で、麻酔がより効いてくるまで、20分ぐらい(だったかなぁ~)待ちぼうけ。看護婦(?)の人と世間話をしてた。彼女はメキシコからの移民らしい。ちなみに、麻酔で口が腫れ上がってるような感覚がして、いまいち上手く話せなかった。
そして、再び口腔外科医登場。いよいよ抜くのである。想像してよりもかなりあっさりと、軽々と歯を抜いていった。で、2本目が抜き終わった時に彼が発したセリフは
"Ok, two down!"
って、野球の中継かよ、って思ったが。とにかくそんな感じで抜歯はかなり簡単に終わった。
で、その後、さっき世間話をしてたメキシコ人の看護婦から術後の説明を受ける。止血用のガーゼのせいで、口をもごもご言わせながら説明を聞いていた。そして、痛みどめの処方箋をもらってお会計へ。
が、なんとこの抜歯には保険が利いた。で、取られた額は約180ドル。高いのか安いのか、いまいちよくわからない気がする。
そんなこんなで、約2時45分に再びWest Lafayetteへドライブ。帰りに家の近くのブラッグストアーで痛みどめ購入。何故かこれに時間がかかって、結局家に帰ってきたのは5時近くだった。
その後は、ベッドでごろごろしながら、本を読んで過ごした。ちなみに、昼の「食いだめ作戦」が功を奏し夕食抜きでも平気だった。でも、さすがに10時ぐらいにはちょっとお腹がすいてきたので、これに備えてあらかじめ買っておいた、缶詰のスープとヨーグルトを食べた。
ところで、抜歯後の歯の写真が見たいという人のは、歯列矯正のブログ
30代男の歯列矯正 In U.S.A.
をチェックしてください。
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18歳の時....盲腸摘出
20歳~32歳の間....親知らず4本抜歯
そして、今日私の体の一部が再び人為的に取り除かれることになったのだ。
2008年12月16日....第一小臼歯4本抜歯
この前始めた歯列矯正のために、前から4番目の歯4本を抜歯るす日が来たのである。
この抜歯は、矯正医が行うのではなく、抜歯のプロ、"Oral Surgeon"、日本語で言うところの口腔外科医が行うのだ。このためになんと、車で1時間半近く離れたインディアナ州の州都インディアナポリスまで行くことに。
って、West Lafayetteには口腔外科医はいないのだろうか?やはり田舎だからなぁ~。
とにもかくにも、予約時間は1時半。そして、抜歯の後、今日はまともな食事ができないことが予想されるので、昼飯を気合い入れて食べることに。そこでやってきたのがここ。
肉、野菜、パスタ、サラダ、デザート、その他もろもろ食べ放題のGolden Corral。アメリカでたまに見かける、食べ放題のチェーン店。私の家から高速道路の入口に行く途中にも一店存在する。
今日の昼はここでお腹が膨れるまで食べることに。こんな感じのが食べ放題。
ランチタイムは一人約8ドル。ちなみに、夜に来ると、もっとちゃんとしたステーキとかが食べられる。ちなみに夜の値段は10ドルちょっと。
ここに来たのは今日で3回目。家からちょっと遠いのと、食べ放題というだけで、別に特に美味しいわけでもないので、めったに来ない。でも、今日はここで「食いだめ」をして、いざインディアナポリスへ。
高速に乗って車を走らすこと1時間20分、現場到着。これがその病院(って言うんだろうか?)。
ちなみに、今日は雪がちょっと降ってる。
中に入って、ちょっとした手続きを済ませ、いよいよ手術室(?)へ通された。椅子に座らせらて、まずは血圧チェック。そして、いよいよ口腔外科医登場。
職業を聞かれたから、Purdue大学で教員をやっていると答えたら、この医者もPurdue出身とのこと。ちなみに、彼の奥さんも、息子も、娘もみんなPurdueを出たらしい。
まぁ、そんなことはさておき、いくつか説明を受けいよいよ、麻酔の注射。ちょっとだけ痛かった。ちなみに、West Lafayetteまで車で1時間半かけて帰るといったら、「それまでに麻酔が切れないように」という理由で普通よりも多めに麻酔を打たれた。
で、麻酔がより効いてくるまで、20分ぐらい(だったかなぁ~)待ちぼうけ。看護婦(?)の人と世間話をしてた。彼女はメキシコからの移民らしい。ちなみに、麻酔で口が腫れ上がってるような感覚がして、いまいち上手く話せなかった。
そして、再び口腔外科医登場。いよいよ抜くのである。想像してよりもかなりあっさりと、軽々と歯を抜いていった。で、2本目が抜き終わった時に彼が発したセリフは
"Ok, two down!"
って、野球の中継かよ、って思ったが。とにかくそんな感じで抜歯はかなり簡単に終わった。
で、その後、さっき世間話をしてたメキシコ人の看護婦から術後の説明を受ける。止血用のガーゼのせいで、口をもごもご言わせながら説明を聞いていた。そして、痛みどめの処方箋をもらってお会計へ。
が、なんとこの抜歯には保険が利いた。で、取られた額は約180ドル。高いのか安いのか、いまいちよくわからない気がする。
そんなこんなで、約2時45分に再びWest Lafayetteへドライブ。帰りに家の近くのブラッグストアーで痛みどめ購入。何故かこれに時間がかかって、結局家に帰ってきたのは5時近くだった。
その後は、ベッドでごろごろしながら、本を読んで過ごした。ちなみに、昼の「食いだめ作戦」が功を奏し夕食抜きでも平気だった。でも、さすがに10時ぐらいにはちょっとお腹がすいてきたので、これに備えてあらかじめ買っておいた、缶詰のスープとヨーグルトを食べた。
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2008年12月15日月曜日
く、車が...
今日はお昼過ぎにちょっとだけ大学に行く用事があったので、昼飯も大学のカフェテリアで済ますべく、お昼ちょっと前に家を出た。
いつものように車に乗りこもうとしたとき、衝撃が走った!!!
なんと、
く、車が
凍りついてる!!!!
まじで。
昨日の夜(?)、雨と雪の混ざったのが降っていた感じがしてたのだが、なんと、車全体が氷で覆われているではないか。ガラスもボディーも全て。こんな感じで。
これは、フロントガラスの写真。よ~く見ると、ハンドルがなんとか透けて見えるのが分かる。運転席側のドアも、こんな感じ。
ううむ、早くエンジンをかけて暖めなければ、と思い、ドアを開けようとするも、なんと、ドアは凍りついて開けることができない...。
そこで、思いついた。そうだ、お湯をかければいいんだ。バケツにお湯を汲んでこよう。
って、考えたら、私の家にはバケツがない!!
そこで、台所にあった大きめの鍋で代用。何回かお湯をかけたら、氷は溶けて、ドアも開くようになった。
そんな訳で、今日は帰りにバケツを買ってきた。
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いつものように車に乗りこもうとしたとき、衝撃が走った!!!
なんと、
く、車が
凍りついてる!!!!
まじで。
昨日の夜(?)、雨と雪の混ざったのが降っていた感じがしてたのだが、なんと、車全体が氷で覆われているではないか。ガラスもボディーも全て。こんな感じで。
これは、フロントガラスの写真。よ~く見ると、ハンドルがなんとか透けて見えるのが分かる。運転席側のドアも、こんな感じ。
ううむ、早くエンジンをかけて暖めなければ、と思い、ドアを開けようとするも、なんと、ドアは凍りついて開けることができない...。
そこで、思いついた。そうだ、お湯をかければいいんだ。バケツにお湯を汲んでこよう。
って、考えたら、私の家にはバケツがない!!
そこで、台所にあった大きめの鍋で代用。何回かお湯をかけたら、氷は溶けて、ドアも開くようになった。
そんな訳で、今日は帰りにバケツを買ってきた。
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2008年12月14日日曜日
日曜日
今日は、日曜日。
なっ、なんと、12時近くまで寝てしまった....。9時ごろ目が覚めたが、いまいち起きられず、結局また眠りについて、気がついたら12時だった。
やはり、今学期の授業が終わり、気が抜けてしまったんだろうか。そう、今学期の授業は終了したのである。そして、期末試験も問題作りは上の人がやってくれるし、採点もマークシート方式、って前にも同じことかいたか。
そんな訳で、来学期の授業開始の1月12日までの約一か月近くもの間、基本的に冬休み。昼まで寝てようが、誰にも文句わ言われない。日曜に限らず、平日も。へへへ。しめしめ。
日本のサラリーマンやOLの人たち、うらやましいだろ~?
そう、数学者とはそんな美味しい職業なのだ。
そんな訳で、
冬休みは、思いっきり遊ぶぞー!!
ってな展開には実はならないのである。
数学者にとって、授業は仕事の一部。授業時間に割かれる必要がない冬休みや夏休みは、研究をやる上で重要な期間であり、特に私のような若手にとっては、数学者にとして生き残るためには、遊んでもいられないのである。
特に私の場合、この冬休みは、1月の初めに一週間ほど、共同研究者のいるサンディエゴに出張予定であり、それまでに現在とりかかっている研究を少しでも進めておく必要があるのだ。
そんな訳で、12時に起きたけど、昼食とシャワーの後は、ただひたすら数学に没頭していた一日だった。
ところで、夕食は例によって作るのがめんどくさかったから、KFCに食べに行った。前にちょっとだけ紹介した、食べ放題、All you can eat、buffet、バイキング、と色々な表現ができるが、とにかくKFC(ケンタッキーフライドチキン)の食べ放題。こんな感じ。
チキン以外にも、野菜とかマッシュポテトとかビスケットとかも食べ放題。こんな感じで取ってくる。
プレートは汚れたら何回でも交換OK。
さらに、野菜サラダやちょっとしたデザートも食べ放題。こんな感じで。
これで約7ドル50セント。実は最近これにハマってる。ちなみに、アメリカのKFCはどこでもこの食べ放題があるのかというと、そうでもなく、結構、「地域限定」ぽい感じがする。とういか、食べ方だいがあるところは結構少ない気がする。
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なっ、なんと、12時近くまで寝てしまった....。9時ごろ目が覚めたが、いまいち起きられず、結局また眠りについて、気がついたら12時だった。
やはり、今学期の授業が終わり、気が抜けてしまったんだろうか。そう、今学期の授業は終了したのである。そして、期末試験も問題作りは上の人がやってくれるし、採点もマークシート方式、って前にも同じことかいたか。
そんな訳で、来学期の授業開始の1月12日までの約一か月近くもの間、基本的に冬休み。昼まで寝てようが、誰にも文句わ言われない。日曜に限らず、平日も。へへへ。しめしめ。
日本のサラリーマンやOLの人たち、うらやましいだろ~?
そう、数学者とはそんな美味しい職業なのだ。
そんな訳で、
冬休みは、思いっきり遊ぶぞー!!
ってな展開には実はならないのである。
数学者にとって、授業は仕事の一部。授業時間に割かれる必要がない冬休みや夏休みは、研究をやる上で重要な期間であり、特に私のような若手にとっては、数学者にとして生き残るためには、遊んでもいられないのである。
特に私の場合、この冬休みは、1月の初めに一週間ほど、共同研究者のいるサンディエゴに出張予定であり、それまでに現在とりかかっている研究を少しでも進めておく必要があるのだ。
そんな訳で、12時に起きたけど、昼食とシャワーの後は、ただひたすら数学に没頭していた一日だった。
ところで、夕食は例によって作るのがめんどくさかったから、KFCに食べに行った。前にちょっとだけ紹介した、食べ放題、All you can eat、buffet、バイキング、と色々な表現ができるが、とにかくKFC(ケンタッキーフライドチキン)の食べ放題。こんな感じ。
チキン以外にも、野菜とかマッシュポテトとかビスケットとかも食べ放題。こんな感じで取ってくる。
プレートは汚れたら何回でも交換OK。
さらに、野菜サラダやちょっとしたデザートも食べ放題。こんな感じで。
これで約7ドル50セント。実は最近これにハマってる。ちなみに、アメリカのKFCはどこでもこの食べ放題があるのかというと、そうでもなく、結構、「地域限定」ぽい感じがする。とういか、食べ方だいがあるところは結構少ない気がする。
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2008年12月12日金曜日
今学期最後の授業
今日は今学期最後の授業。そんな訳で、来年の一月中頃まで授業は無しである。
で来週は期末試験期間。そう、学生にとっては過酷な一週間が待っているのである。で、教員の方はと言えば......学生の人には悪いのだが.......ううむ、あまり多くは語らないでおこう。
しかも今学期、私が担当している授業は、上で統括している人がいて、試験問題も基本的に上の人が作る上に、期末試験の形式も、日本で言うところの「マークシート方式」。つまり、採点すらしなくて良いのである。そんな訳で、今学期の「授業関係」の仕事はほぼ終了したようなものである。
ちなみに、私の受け持つ授業の試験はなぜか来週の土曜日。厳密にはそのあと、最後の成績(AとかBとかCとか)をつけて完全に終了するのではあるが。
そんな訳で、今日は授業が終わって、ちょっとこまごました仕事をかたずけ5時に帰宅。でも、直接家には向かわず、Walmartで買い物。で、帰る途中
「今学期の授業も終わったことだし、どっかで美味しいものでも」
と思ったが、よくよく考えたら
「昨日50ドルのフランス料理を食べたばかり」
それに
「外は寒いから、車から出たくない」
そんなときに目に飛び込んできたのが
マクドナルド
結局勢いで、そのままドライブスルーへ.....。
結局今日の夕食は安っぽい、体にもあまりよくない、マックのハンバーガー。写真を載せる必要はないだろう。ううむ。昨日の夕食と比べると、AランクからFランクに急降下といった感じである。
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で来週は期末試験期間。そう、学生にとっては過酷な一週間が待っているのである。で、教員の方はと言えば......学生の人には悪いのだが.......ううむ、あまり多くは語らないでおこう。
しかも今学期、私が担当している授業は、上で統括している人がいて、試験問題も基本的に上の人が作る上に、期末試験の形式も、日本で言うところの「マークシート方式」。つまり、採点すらしなくて良いのである。そんな訳で、今学期の「授業関係」の仕事はほぼ終了したようなものである。
ちなみに、私の受け持つ授業の試験はなぜか来週の土曜日。厳密にはそのあと、最後の成績(AとかBとかCとか)をつけて完全に終了するのではあるが。
そんな訳で、今日は授業が終わって、ちょっとこまごました仕事をかたずけ5時に帰宅。でも、直接家には向かわず、Walmartで買い物。で、帰る途中
「今学期の授業も終わったことだし、どっかで美味しいものでも」
と思ったが、よくよく考えたら
「昨日50ドルのフランス料理を食べたばかり」
それに
「外は寒いから、車から出たくない」
そんなときに目に飛び込んできたのが
マクドナルド
結局勢いで、そのままドライブスルーへ.....。
結局今日の夕食は安っぽい、体にもあまりよくない、マックのハンバーガー。写真を載せる必要はないだろう。ううむ。昨日の夕食と比べると、AランクからFランクに急降下といった感じである。
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昨日の日記
昨日の夜、私が毎週顔を出しているセミナーの講演者とディナーに行ってきた。行った場所はフレンチレストラン。なんか高そうな気もするが、講演者、教員6人(私を含む)と大学院生一人で夕食。アペタイザーとワインの後、私が注文したのはこれ。
なんとなく分かりずらいが、かなり厚いステーキで上にはブルーチーズ、下にはマッシュポテト。肉がめちゃくちゃ軟らかかった。
で、総額50ドル。まぁ、たまには美味しいものも食べないとね。
ところで、一緒に食事にきたJ.K.(教員の一人)は最近iPhoneを買ったようで、みんなに自慢(?)してた(笑)。これがそれ。
月の料金が75ドルぐらいで、iPhoneの購入費がだいたい350ドルぐらいらしい。こういうのって、「自分がどれだけ欲しいと思ってるか」と「自分の給料がいくらか」の比率で買うか買わないかを決定するんだろうけど、私は今のところは「別にいらないな~」派といったところである。でも、J.K.いわく、かなり便利らしい。
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なんとなく分かりずらいが、かなり厚いステーキで上にはブルーチーズ、下にはマッシュポテト。肉がめちゃくちゃ軟らかかった。
で、総額50ドル。まぁ、たまには美味しいものも食べないとね。
ところで、一緒に食事にきたJ.K.(教員の一人)は最近iPhoneを買ったようで、みんなに自慢(?)してた(笑)。これがそれ。
月の料金が75ドルぐらいで、iPhoneの購入費がだいたい350ドルぐらいらしい。こういうのって、「自分がどれだけ欲しいと思ってるか」と「自分の給料がいくらか」の比率で買うか買わないかを決定するんだろうけど、私は今のところは「別にいらないな~」派といったところである。でも、J.K.いわく、かなり便利らしい。
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2008年12月10日水曜日
矯正2日目
歯列矯正を始めて2日目。矯正の日記は
http://mathematicianbraces.blog6.fc2.com/
で別に書くことにして、今日はブレス(矯正器具)をつけて初めての授業となった。生徒達は矯正を始めたことに気づいたのだろうか。
ブレスが邪魔してちょっと話づらかった...が、今学期の授業も今週の金曜で終わり。
ちなみに、食事をすると、ブレスに食べ物が絡まる....。
しかし今日一日なんか、ブレスのことが気になった、いまいち仕事に集中できなかった。
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で別に書くことにして、今日はブレス(矯正器具)をつけて初めての授業となった。生徒達は矯正を始めたことに気づいたのだろうか。
ブレスが邪魔してちょっと話づらかった...が、今学期の授業も今週の金曜で終わり。
ちなみに、食事をすると、ブレスに食べ物が絡まる....。
しかし今日一日なんか、ブレスのことが気になった、いまいち仕事に集中できなかった。
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2008年12月9日火曜日
歯列矯正
歯列矯正を始めた。そう、例の歯並びを治すやつ。その経過もこれからブログに書いていこうと思うのだが、記念、と言うか記録のために写真も載せたい。しかし、ここに私の歯の写真を載せるのもなんとなくグロイ気もするので、このブログとは別に歯列矯正ブログを立ち上げた。
http://mathematicianbraces.blog6.fc2.com/
「30代男の歯列矯正 In U.S.A.」などという、かなりベタなタイトルをつけてしまったが、これから矯正が終わるまでその記録をこのブログに残していこうと思っている。興味がある人は読んでみてくださいね。
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2008年12月6日土曜日
数学者の平凡な土曜日
今日は土曜日。休日である。そんな訳で、数学者の平凡な休日を紹介。
10:30~12:30 なんと10時半起床。休日とはいえ、さすがに寝坊である。そのあとコーヒー飲みながらメールチェックしたり、だらだらと時を過ごす。そしてシャワーを浴びた。
12:30~13:00 昼食。つくるのが面倒だったから、外に食べにいった。雪がちょっと降っていたが、運転には支障はなかった。ちなみに、昼飯はケンタッキーフライドチキン。こっちで言うところのKFC。ちなみに、こっちにはKFCの食べ放題がある。約7ドル50セント。ちょっと食べ過ぎた。
13:00~14:00 昼食のあとスタバでちょっと読書。ちなみに読書と言っても数学者の場合、大半が数学の論文を読むことになるのだ。そんな訳で、スタバで一時間ほど数学の論文を読んだ。
14:00~16:00 スタバの後、その足で大学へ。私が受け持つ授業のことで、ちょっとやらなければならなかったことがあったので、オフィスでちょっとだけ仕事。休日出勤である。
16:00~22:00 アパートに戻り、今度は自分の部屋で数学の研究に没頭。昼飯を大量に食べたから夕食時になっても腹が減らなかった。そんな訳で夕食は抜きに。
22:00~23:00 ジムで体を鍛える。
23:00~今現在 さすがに夕食抜きでちょっとお腹がすいたから、軽くシリアルを食べながらブログを更新。
ううむ、結局一日の大半は数学に関係したことで占められているのである。「数学者」といわれる所以である。
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10:30~12:30 なんと10時半起床。休日とはいえ、さすがに寝坊である。そのあとコーヒー飲みながらメールチェックしたり、だらだらと時を過ごす。そしてシャワーを浴びた。
12:30~13:00 昼食。つくるのが面倒だったから、外に食べにいった。雪がちょっと降っていたが、運転には支障はなかった。ちなみに、昼飯はケンタッキーフライドチキン。こっちで言うところのKFC。ちなみに、こっちにはKFCの食べ放題がある。約7ドル50セント。ちょっと食べ過ぎた。
13:00~14:00 昼食のあとスタバでちょっと読書。ちなみに読書と言っても数学者の場合、大半が数学の論文を読むことになるのだ。そんな訳で、スタバで一時間ほど数学の論文を読んだ。
14:00~16:00 スタバの後、その足で大学へ。私が受け持つ授業のことで、ちょっとやらなければならなかったことがあったので、オフィスでちょっとだけ仕事。休日出勤である。
16:00~22:00 アパートに戻り、今度は自分の部屋で数学の研究に没頭。昼飯を大量に食べたから夕食時になっても腹が減らなかった。そんな訳で夕食は抜きに。
22:00~23:00 ジムで体を鍛える。
23:00~今現在 さすがに夕食抜きでちょっとお腹がすいたから、軽くシリアルを食べながらブログを更新。
ううむ、結局一日の大半は数学に関係したことで占められているのである。「数学者」といわれる所以である。
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2008年12月5日金曜日
昨日の日記
昨日は私の大学院時代の友人のMaria(ロシア人)が私の大学のセミナーの講演者としてやってきた。日本的な言い方をしたらロシアン・ビューティーとでも言うんだろうか?とにかく、彼女とは大学院時代はよく宿題を一緒にやった仲である。
現在イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校でポスドクをしている、私と同様若き(?)数学者の一人である。この大学は私の大学から車で1時間半程度のところにあるので、「うちのところに講演に来ない?」的な感じで私が招待した。しかし雪の影響で講演前の時間ぎりぎりに到着。でも、講演はうまくいき、招待した私自身も一安心(?)であった。
ところで、彼女と会うのはかれこれ3年ぶり。講演の後も色々と話をした。数学の話意外にも、かつてのクラスメートの話とかで話題がつきなかった。
そして、他の教員らとともに夕食へ。近くのタイ料理レストランで食べた。
で、夕食の後もしばらくMariaとスタバでだべって、気がついたら10時過ぎになっていた。
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現在イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校でポスドクをしている、私と同様若き(?)数学者の一人である。この大学は私の大学から車で1時間半程度のところにあるので、「うちのところに講演に来ない?」的な感じで私が招待した。しかし雪の影響で講演前の時間ぎりぎりに到着。でも、講演はうまくいき、招待した私自身も一安心(?)であった。
ところで、彼女と会うのはかれこれ3年ぶり。講演の後も色々と話をした。数学の話意外にも、かつてのクラスメートの話とかで話題がつきなかった。
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で、夕食の後もしばらくMariaとスタバでだべって、気がついたら10時過ぎになっていた。
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2008年11月30日日曜日
初雪
今日は雪が降った。前にもちょっと雪がぱらついたことがあったから、正確には初雪ではないのだが、そこそこ積もったのは今日が初めてである。そして、今日の昼ごろ私の部屋から撮った写真がこれである。
そう、私の住むWest Lafayetteは冬は雪が結構降るらしいのだ。私は今までに「雪国」に住んだことがないため、これからどのくらい雪がふるのか今からなんとなく楽しみにしているのだ。
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そう、私の住むWest Lafayetteは冬は雪が結構降るらしいのだ。私は今までに「雪国」に住んだことがないため、これからどのくらい雪がふるのか今からなんとなく楽しみにしているのだ。
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2008年11月22日土曜日
グリーンカード
アメリカの永住権「グリーンカード」はかなり運がよければ、くじ引きで取得できる。いわゆる「グリーンカードくじ」である。毎年10月の初めから12月の初めがその年の抽選受付期間である。
私はアメリカに来た当初(もうかれこれ10年以上前)毎年のように応募していたのだら、いつの間にか「今年もどうせだめだろう」的な気分になり応募しなくなったのだが、最近身近な人でこのグリーンカードのくじに当選した人に出くわした。そのおかげで今年から再びチャレンジし始めることにしたのだ。
私の知らないうちに応募はオンラインでできるようになっていた。ちなみに、証明写真が必要だったので、近くのドラッグストアーの中にある写真屋で、写真を撮った。8ドル近く取られた。でもよくよく考えたら、こんなの自分のデジカメでできたような気がする。
とにもかくにも、このグリーンカードの抽選くじ、
http://travel.state.gov/visa/immigrants/types/types_1318.html
にインストラクションがあるので、興味のある人はチャレンジしてみてはいかがでしょうか?
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私はアメリカに来た当初(もうかれこれ10年以上前)毎年のように応募していたのだら、いつの間にか「今年もどうせだめだろう」的な気分になり応募しなくなったのだが、最近身近な人でこのグリーンカードのくじに当選した人に出くわした。そのおかげで今年から再びチャレンジし始めることにしたのだ。
私の知らないうちに応募はオンラインでできるようになっていた。ちなみに、証明写真が必要だったので、近くのドラッグストアーの中にある写真屋で、写真を撮った。8ドル近く取られた。でもよくよく考えたら、こんなの自分のデジカメでできたような気がする。
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2008年11月15日土曜日
ジム
私の住むアパートには住人用のジムがる。アパートの管理事務所(って言うんだろうか?)のある建物の中にあるのだが、つい最近までこのジムは事務所が開いている時間帯だけ使えるのもだと思っていた。しかし、一昨日、聞いてみたらなんと25ドルのdepositを払えばいつでもジムの入り口を開けられる鍵を貸してもらえることが判明した。そんな訳で25ドルを払い、ジムの鍵をゲットした。これでジムを24時間好きな時に使える。
でも、まぁ、ジムといってもこんな程度の大きさなのだが。
そんな訳で、今日の夜、1時間ほどジムで体を動かした。ちなみに今日がジムに来たのは二回目。目指すはマッチョマン...って、私は今までの人生の中で、何度もマッチョマンを目指し挫折した経験がある。その経験を生かし、今度こそはと決心を固めたのであった。
でも、まぁ、ジムといってもこんな程度の大きさなのだが。
そんな訳で、今日の夜、1時間ほどジムで体を動かした。ちなみに今日がジムに来たのは二回目。目指すはマッチョマン...って、私は今までの人生の中で、何度もマッチョマンを目指し挫折した経験がある。その経験を生かし、今度こそはと決心を固めたのであった。
2008年11月5日水曜日
Red State
大統領選挙が終わった。予想通りオバマの勝利だった。
ところで、アメリカの大統領選挙は、よく知られているように(?)各州ごとに共和党か民主党どちらかを選出する間接選挙である。そして、共和党を選出した州は「赤」、民主党を選出した州は「青」で塗られるのである。こんな感じで。そんでもって、共和党の州は「Red State」、民主党の州は「Blue State」などと呼ばれたりする。
共和党(ブッシュの党)は基本的に保守的な党、民主党(オバマの党)はそれほど保守的でない党。(ちなみに、民主党を「保守的」に対して「革新的」と言う時もあるのだが、個人的には別に「革新的」とは思わないので、「それほど保守的でない」程度の表現が無難な気がする。)上のリンクからわかるように(?)基本的に田舎の州は基本的にRed Stateになりがち。まぁ、田舎に行けば保守的になるってのはどこの国でも同じなんだろうか。
そして、私のいるインディアナ州(上の地図ではINって書いてある州)は今回は見事に「Blue State」!!が、実はインディアナ州というのは本来は典型的なRed Stateなのだ。隣接するイリノイやミシガンは基本的にはBlueなのだが。たとえば、クリントンが圧勝した96年の選挙でもここから分かるように、Blue Stateに囲まれただ一か所だけ赤い州があるが、ここがインディアナである。
そう、私の住むインディアナは保守的な州なのだ。ちなみに、1900年から前回までの100年以上に渡り、大統領選挙で民主党候補を選出したのは1912、1932、1936、1964のたった4回だけなのである。そんな筋金入りのRed Stateが今回なんとかなりの僅差ではあったのだが、民主党のオバマを選出したのである。この例だけを見ても今回の選挙がいかに「歴史的」であったかがわかるのである。
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ところで、アメリカの大統領選挙は、よく知られているように(?)各州ごとに共和党か民主党どちらかを選出する間接選挙である。そして、共和党を選出した州は「赤」、民主党を選出した州は「青」で塗られるのである。こんな感じで。そんでもって、共和党の州は「Red State」、民主党の州は「Blue State」などと呼ばれたりする。
共和党(ブッシュの党)は基本的に保守的な党、民主党(オバマの党)はそれほど保守的でない党。(ちなみに、民主党を「保守的」に対して「革新的」と言う時もあるのだが、個人的には別に「革新的」とは思わないので、「それほど保守的でない」程度の表現が無難な気がする。)上のリンクからわかるように(?)基本的に田舎の州は基本的にRed Stateになりがち。まぁ、田舎に行けば保守的になるってのはどこの国でも同じなんだろうか。
そして、私のいるインディアナ州(上の地図ではINって書いてある州)は今回は見事に「Blue State」!!が、実はインディアナ州というのは本来は典型的なRed Stateなのだ。隣接するイリノイやミシガンは基本的にはBlueなのだが。たとえば、クリントンが圧勝した96年の選挙でもここから分かるように、Blue Stateに囲まれただ一か所だけ赤い州があるが、ここがインディアナである。
そう、私の住むインディアナは保守的な州なのだ。ちなみに、1900年から前回までの100年以上に渡り、大統領選挙で民主党候補を選出したのは1912、1932、1936、1964のたった4回だけなのである。そんな筋金入りのRed Stateが今回なんとかなりの僅差ではあったのだが、民主党のオバマを選出したのである。この例だけを見ても今回の選挙がいかに「歴史的」であったかがわかるのである。
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2008年11月3日月曜日
数学者の平凡な一日~その2
今週から、夏時間が終わった。そのおかげで朝8時ごろには十分、日が昇って朝らしい明るさになった。ところで、今学期、私の月曜日のスケジュールは金曜のとほとんど同じ。朝起きて、大学院の授業、研究の時間、昼食、そしてまた研究、で授業。そして帰宅。でも、今日は先週の金曜とは違って、いまいち調子が上がらない。夕食の後もちょと数学を続けたが、気分がいまいち。
まぁ、こういう日もあるさ、ということで気分転換にテレビで映画を見た。ここのアパートに引っ越してきてインターネットの契約をしたときに、(半ば強制的に)デジタルケーブルまで契約させられたため、古め(?)の映画を結構ただで観れたりする。で、今日は「Single White Female」という映画を観た。1992年の映画。タイトルにつられて(?)観てはみたが、予想を大幅に裏切り、最後はただの「殺し合い」の映画だった。
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まぁ、こういう日もあるさ、ということで気分転換にテレビで映画を見た。ここのアパートに引っ越してきてインターネットの契約をしたときに、(半ば強制的に)デジタルケーブルまで契約させられたため、古め(?)の映画を結構ただで観れたりする。で、今日は「Single White Female」という映画を観た。1992年の映画。タイトルにつられて(?)観てはみたが、予想を大幅に裏切り、最後はただの「殺し合い」の映画だった。
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2008年10月31日金曜日
数学者の平凡な一日
今日は10月31日はアメリカではあの有名な(?)ハロウィン。例の仮想とかするやつ。そんな訳で大学のキャンパス内でもたまに仮想してる人を見かけた。でも、これって基本的に子供のお祭りって感じで、私は別に何をするわけでもなく、ごく普通の一日を過ごした。そんな訳で数学者の「ごく普通の一日」を紹介。
8:00~9:10 起床。コーヒーにシリアルで軽い朝食をとりながらダラダラネットで新聞とかを読みながら30分ほど過ごす。そしてシャワーを浴びて大学へ。
9:30~10:30 大学院の授業に出席。別に授業を受ける義務などないのだが、今学期はShahidi教授という私の分野ではとんでもなく偉い先生(日本的な表現を使えばこういう感じが適切なんだろうか)が大学院生向けの講義をしているので、学期の初めから私はこの講義を受けている。数学者にとって勉強の打ち止めはないのである。
10:30~12:00 研究の時間。自分のオフィスで数学の研究に没頭
12:00~1:00 お昼ごはん。いつも行くカフェテリアへ。行くと必ず数学科の教員(つまり私の同僚)の何人か決まったテーブルにいるので、そこに座って適当に話ながら昼食。ちなみにこのカフェテリアは別に教員専用という訳ではないのだが、意外と学生は少ない感じがする。
1:00~2:30 再び、研究の時間。厳密には1:30~2:30まではオフィスアワーなのだが、ほとんど学生が質問に来たりすることがないから(特に今学期は)、事実上研究の時間になっている。ちなみに、受け持つ生徒によって、オフィスアワーが忙しかったり、全く自由になったりするから不思議である。
2:30~4:30 授業。厳密には2:30~3:20まで授業で、そのあと3:30~4:20まで二つ目の授業。
4:30~5:00 授業の後、いろいろとこまごました仕事を片づけて帰宅。
5:15~6:30 夕食の準備やその他雑用。そして夕食。前日の残り物で適当に済ませた。
6:30~11:00 なんと今日は気分が乗ってたから、その勢いで家に帰ってきてからも研究を続けた。数学の研究は場所を選ばないのだ。
11:00~今現在 メールチェックしたり、適当にだらだらをネットを徘徊。ついでにブログを更新。で、もう眠くなったから、寝る。
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8:00~9:10 起床。コーヒーにシリアルで軽い朝食をとりながらダラダラネットで新聞とかを読みながら30分ほど過ごす。そしてシャワーを浴びて大学へ。
9:30~10:30 大学院の授業に出席。別に授業を受ける義務などないのだが、今学期はShahidi教授という私の分野ではとんでもなく偉い先生(日本的な表現を使えばこういう感じが適切なんだろうか)が大学院生向けの講義をしているので、学期の初めから私はこの講義を受けている。数学者にとって勉強の打ち止めはないのである。
10:30~12:00 研究の時間。自分のオフィスで数学の研究に没頭
12:00~1:00 お昼ごはん。いつも行くカフェテリアへ。行くと必ず数学科の教員(つまり私の同僚)の何人か決まったテーブルにいるので、そこに座って適当に話ながら昼食。ちなみにこのカフェテリアは別に教員専用という訳ではないのだが、意外と学生は少ない感じがする。
1:00~2:30 再び、研究の時間。厳密には1:30~2:30まではオフィスアワーなのだが、ほとんど学生が質問に来たりすることがないから(特に今学期は)、事実上研究の時間になっている。ちなみに、受け持つ生徒によって、オフィスアワーが忙しかったり、全く自由になったりするから不思議である。
2:30~4:30 授業。厳密には2:30~3:20まで授業で、そのあと3:30~4:20まで二つ目の授業。
4:30~5:00 授業の後、いろいろとこまごました仕事を片づけて帰宅。
5:15~6:30 夕食の準備やその他雑用。そして夕食。前日の残り物で適当に済ませた。
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2008年10月29日水曜日
祝・フィリーズ
ワールドシリーズが終わった。なっ、なっ、なっ、なんと優勝したのはあの、フィラデルフィア・フィリーズ!!ちなみに、私はつい2年半ほど前までこのフィラデルフィアに住んでいたため、フィリーズのことはちょっとは応援しているのだが、基本的にこのフィリーズってのは、典型的な弱小チーム。いったい、何がどう間違ってこういう結果になったのかは知らないが、とにかくフィリーズよCongratulations!
ちなみに、28年前にもワールドシリーズで優勝したことがあるらしい...そして今回が二度目。
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ちなみに、28年前にもワールドシリーズで優勝したことがあるらしい...そして今回が二度目。
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2008年10月27日月曜日
オフィスの窓から
私のいる数学科は9階建の建物に入っている。そして私のオフィスはその中の7階にあるのだ。そんな訳で、オフィスの窓からの眺めはこんな感じになる。
ううむ、しかし田舎だ。
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ううむ、しかし田舎だ。
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2008年10月24日金曜日
インディアナの朝
アメリカは広い。って、言うまでもないことだが。従って当然場所によって時間帯が異なる。基本的にアメリカ本土は、東側から順に、東部時間、中部時間、山岳部時間、そして太平洋時間の4時間帯がある。もちろんそれ以外にも、アラスカ時間とかハワイ時間とかグアム時間とかあるが、基本的に本土では上の4時間帯である。
で、私のいるインディアナ州は一部の地域を除いて東部時間帯にあたるのだ。つまり、ニューヨークとかボストンとかの東海岸と同じ時間帯である...が、インディアナ州のすぐ西にあるイリノイ州(シカゴのある州)は中部時間帯である。そして、私の住むWest Lafayetteはインディアナ州の西側にあり、時間帯の異なるイリノイ州との境まで車で1時間程度しか離れていないのである。ちなみに、時間帯が同じであるニューヨークまでは車で12時間以上かかるというのに。
つまり、私の住む場所は、東部時間帯の中でも一番最後に日が昇る場所なのである。とりわけ今月いっぱいは夏時間であるため、日が昇るのがめちゃくちゃ遅いのだ。どのくらい遅いかといえば、今日の日の出時刻はなんと朝の8:10。まじで。その証拠写真に、今日の朝8時ちょっと前に私の部屋から撮った外の景色がこれである。
ちょっとピンぼけだが、朝の8時だというのに、こんなに暗いのだ。なんか朝の時間を損してる気もするのだが気のせいだろうか。
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で、私のいるインディアナ州は一部の地域を除いて東部時間帯にあたるのだ。つまり、ニューヨークとかボストンとかの東海岸と同じ時間帯である...が、インディアナ州のすぐ西にあるイリノイ州(シカゴのある州)は中部時間帯である。そして、私の住むWest Lafayetteはインディアナ州の西側にあり、時間帯の異なるイリノイ州との境まで車で1時間程度しか離れていないのである。ちなみに、時間帯が同じであるニューヨークまでは車で12時間以上かかるというのに。
つまり、私の住む場所は、東部時間帯の中でも一番最後に日が昇る場所なのである。とりわけ今月いっぱいは夏時間であるため、日が昇るのがめちゃくちゃ遅いのだ。どのくらい遅いかといえば、今日の日の出時刻はなんと朝の8:10。まじで。その証拠写真に、今日の朝8時ちょっと前に私の部屋から撮った外の景色がこれである。
ちょっとピンぼけだが、朝の8時だというのに、こんなに暗いのだ。なんか朝の時間を損してる気もするのだが気のせいだろうか。
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2008年10月21日火曜日
出張記(AMS Meeting)~最終回
朝7時ごろ起床。シャワーを浴び軽い朝食の後、車で集会の開かれる会場まで。ちょっとホテルから離れているようで、車で15分ぐらいかかった。
AMSの研究集会はなんと、「集会に参加するための参加費を払わなければいけない」のである。これも通常の研究集会と異なる点の一つである。いくら払はなければいけないかというと、AMSの会員は40ドル、非会員は60ドル。ちなみに私は非会員であるため60ドルを払った。ううむ、AMS(アメリカ数学会)とは数学会の名の下のぼったくり集団なんだろうか。といっても、このお金も研究費として落とすことができるのではあるが。
AMSの集会は通常幾つもの「Special Session」と呼ばれる異なる分野ごとに部屋が割り当てられていて、どの部屋の講演を聞きに行ってもかまわないことになっている。これもAMSの集会が他の集会と異なる点である。つまり、全く異なる分野の講演を聞いたりもでき、時たま他の分野の友人とばったり会ったりすることもあるのだ。でもまぁ、通常は自分の分野と直接関連するSessionの講演だけを聞きに行ったりするのではあるが。そして、集会によっては自分の分野と関係するSpecial Sessionが無かったりもして、そういう場合は始めから集会には参加しないのが普通であるのだ。
今回は、Special Session on Representations of Real and P-adic Lie Groupsというのがあって、私の研究分野とダイレクトに関連しているので、来てみることにしたのだ。そしてこのSpecial Sessionの行われている部屋に行く。部屋にいた人の半分以上がすでに私の知り合いである。そう、アメリカのような国であっても、数学者の世界というのは実はかなり狭い世界なのである。以外に思えるかもしれないが。
そんな中、今回初めて会ったのがオクラホマ大学のRalf Schmidt。いくつか研究の話をしたりもした。
しかし、講演者としてではなく、聞く側として集会に参加するのは気が楽である。そして、時間があっという間に過ぎ、お昼。他の参加者数人と適当な場所で昼食をとる。ついでに、キャンパスの一部を撮影。
しかし、ミシガンはやはり寒い。私の住むWest Lafayetteから車で3時間北に行っただけなのだが、気温がワンランク落ちる気がする。
そして、午後からの講演。そんでもって、6時からなんと、ちょっとした夕食前のRefreshmentが出た。ワインとビール、そしてちょっとした軽い食べ物。AMSがそんな気の利いたサービスを?と思ったら、会場になっているWestern Michigan Universityの数学科から提供されたものだった。
そして7時。夕食の時間である。私が参加したSessionの参加者とともに近くのメキシカン料理のレストランへ。私が注文したのはこれ。
そして、食事の後はホテルに帰って、レッドソックスの試合を見て眠りについた。
そして夜が明け、再び集会の会場へ。今日は最終日。講演は午前中いっぱいで終了。適当に昼食をすまし、再び3時間のほど車を走らせWest Lafayetteに戻ってきたのであった。
...出張記、終わり。
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AMSの研究集会はなんと、「集会に参加するための参加費を払わなければいけない」のである。これも通常の研究集会と異なる点の一つである。いくら払はなければいけないかというと、AMSの会員は40ドル、非会員は60ドル。ちなみに私は非会員であるため60ドルを払った。ううむ、AMS(アメリカ数学会)とは数学会の名の下のぼったくり集団なんだろうか。といっても、このお金も研究費として落とすことができるのではあるが。
AMSの集会は通常幾つもの「Special Session」と呼ばれる異なる分野ごとに部屋が割り当てられていて、どの部屋の講演を聞きに行ってもかまわないことになっている。これもAMSの集会が他の集会と異なる点である。つまり、全く異なる分野の講演を聞いたりもでき、時たま他の分野の友人とばったり会ったりすることもあるのだ。でもまぁ、通常は自分の分野と直接関連するSessionの講演だけを聞きに行ったりするのではあるが。そして、集会によっては自分の分野と関係するSpecial Sessionが無かったりもして、そういう場合は始めから集会には参加しないのが普通であるのだ。
今回は、Special Session on Representations of Real and P-adic Lie Groupsというのがあって、私の研究分野とダイレクトに関連しているので、来てみることにしたのだ。そしてこのSpecial Sessionの行われている部屋に行く。部屋にいた人の半分以上がすでに私の知り合いである。そう、アメリカのような国であっても、数学者の世界というのは実はかなり狭い世界なのである。以外に思えるかもしれないが。
そんな中、今回初めて会ったのがオクラホマ大学のRalf Schmidt。いくつか研究の話をしたりもした。
しかし、講演者としてではなく、聞く側として集会に参加するのは気が楽である。そして、時間があっという間に過ぎ、お昼。他の参加者数人と適当な場所で昼食をとる。ついでに、キャンパスの一部を撮影。
しかし、ミシガンはやはり寒い。私の住むWest Lafayetteから車で3時間北に行っただけなのだが、気温がワンランク落ちる気がする。
そして、午後からの講演。そんでもって、6時からなんと、ちょっとした夕食前のRefreshmentが出た。ワインとビール、そしてちょっとした軽い食べ物。AMSがそんな気の利いたサービスを?と思ったら、会場になっているWestern Michigan Universityの数学科から提供されたものだった。
そして7時。夕食の時間である。私が参加したSessionの参加者とともに近くのメキシカン料理のレストランへ。私が注文したのはこれ。
そして、食事の後はホテルに帰って、レッドソックスの試合を見て眠りについた。
そして夜が明け、再び集会の会場へ。今日は最終日。講演は午前中いっぱいで終了。適当に昼食をすまし、再び3時間のほど車を走らせWest Lafayetteに戻ってきたのであった。
...出張記、終わり。
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2008年10月19日日曜日
出張記(AMS Meeting)~その1
なっ、なんと、二週連続で出張になってしまった。今回は、AMS(アメリカ数学会)の主催する研究集会に行ってきた。AMS Sectional Meetingと呼ばれているやつで、春学期と秋学期に一回ずつアメリカの各地域で行われる集会である。私の住むインディアナ州は基本的に中部地区(Central)に属するのだが、その中部地区の集会がこの週末にWestern Michigan University(西ミシガン大学とでも訳すんだろうか?)で行われたのだ。
集会は金曜のお昼から日曜のお昼までだったのだが、私の受け持つ授業が金曜の午後にも入っているので、土曜から参加することになった。「参加」といってもこの集会では講演の予定は入っていないので他の人の講演を聞きに行くだけなのだが。
そんな訳で、金曜日の夕方5時ごろ家を出発。Western Michigan Universityは私の住む町から車で3時間ぐらいのところにある。途中で夕食を食べ、夜9時ごろ予約してあったホテルに到着。次の日に備えて、早めに眠りについた。
ところでAMSの集会というのは普通の研究集会といくつか異なる点がある。そのうちの一つは主催者側から講演者も含め、どの参加者にも旅費やその他一切お金が出ないのである。つまり、お金は参加者の自己負担になるのだ。私の場合は今回は大学から出る研究費の一部を使うことにした。といっても、ホテル2泊分と交通費(ガソリン代)だけなので、大した額ではないのではあるが。
ちなみに、私が一年間の使える研究費の額というのはあらかじめ決められており(いくらかは内緒)別の機会に備えて安いホテルを予約した。
...第二部へつづく。
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集会は金曜のお昼から日曜のお昼までだったのだが、私の受け持つ授業が金曜の午後にも入っているので、土曜から参加することになった。「参加」といってもこの集会では講演の予定は入っていないので他の人の講演を聞きに行くだけなのだが。
そんな訳で、金曜日の夕方5時ごろ家を出発。Western Michigan Universityは私の住む町から車で3時間ぐらいのところにある。途中で夕食を食べ、夜9時ごろ予約してあったホテルに到着。次の日に備えて、早めに眠りについた。
ところでAMSの集会というのは普通の研究集会といくつか異なる点がある。そのうちの一つは主催者側から講演者も含め、どの参加者にも旅費やその他一切お金が出ないのである。つまり、お金は参加者の自己負担になるのだ。私の場合は今回は大学から出る研究費の一部を使うことにした。といっても、ホテル2泊分と交通費(ガソリン代)だけなので、大した額ではないのではあるが。
ちなみに、私が一年間の使える研究費の額というのはあらかじめ決められており(いくらかは内緒)別の機会に備えて安いホテルを予約した。
...第二部へつづく。
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2008年10月17日金曜日
出張記(メリーランド大学)~最終回
月曜の朝、8時起床。ホテルで軽く朝食を済ませ、シャワーを浴びていざ出陣。ホテルは数学科の入っている建物まで歩いて10分弱ぐらいのところにある。とりあえず講演に招待してくれた世話役(とでも言うんだろうか)のオフィスへ。彼の名はKartik Prasanna。歳はたぶん私と同じか少し下ぐらいで、私の分野では若手有望株の一人である。ちなみに彼の師匠はあの有名なアンドリュー・ワイルズ。
彼と少し話したあと、とりあえず今日一日だけ仮のオフィスが私に与えられた。通常、他の大学に講演に行くと、こういう感じでその日一日のオフィスがあてがわれるのである。Kartikは10時から一時間ほど授業が入っているとのことで、それまでこのオフィスで暇つぶしである。
11時にKartikが授業を終えて戻ってきたので、二人で最近やっている研究などについて話した。そして、お昼。Kartikと他の教員二人の合計4人でお昼と食べにキャンパス近くのちょっとしたレストランへ。で、なんとこのうちの一人はかなり年配だったのだが、先週ノーベル化学賞をとった人の一人は彼の大学一年の時のルームメートだったらしい。
そんな感じで昼食も終わり、時刻は1時。講演は2時なのでそれまで再びオフィスで待機。ちょっと昼寝をした。
そして、講演。まずはじめに気がついたことは、結構大学院生が聞きに来てたことである。良いことである。講演時間は最も典型的な一時間。私は大学院生の時など、「一時間」の配分がうまくできなくて苦労したのだが、最近はもう慣れたものである。講演も無事終わり、基本的に皆興味深く聞いてくれてた様である...一人だけ、居眠りしている人がいたのに気づいたが(笑)。
講演の直後何人かの人が興味を示し質問に来た。これは、基本的に講演がうまくいったこを示している、と私は考えている。
講演の後は夕食まで時間がある。Kartikやその他の人もいろいろとやることがあるらしいので、再びオフィスにもどり、暇つぶし。って言っても講演が終わってあまりやることも無いから、ちょっとキャンパス内を散歩してみた。メリーランド大学のキャンパスの一部はこんな感じである。
さらに、もう一枚。学生の憩いの場みたいな場所なんだろうか。
結構気温が高めで喉が渇いたから、キャンパス内のスタバでアイスコーヒーを買った。しかし、スタバはどこにでもある。
オフィスにもどり、最近読み始めた論文を読みながら時間をつぶした。そして6時。Kartikがオフィスへやってきた。夕食の時間である。そう、この手の講演の最後を飾るのは「ディナー」である。参加するしないは自由だが、講演者と数人の教員と大学院生で近くのレストランに行くのがお決まりのパターンである。そんな訳でKartikを含む数人でレストランへ。ちなみに、誰がお金を出すかといえば、
1.講演者...タダ(やったね!)
2.大学の教員...自腹
3.大学院生...一部だけ自腹
ちなみに、大学院生がどのくらい負担しなければいけないかは、大学によってまちまちのようで、私の出た大学院では学生は半額、というのが決まりだった。そして、私も大学院生のころはこの特権を利用すべく、この手のディナーには積極的に参加したのであった。
で、私が注文したのはこれ。
ダック料理。美味しくいただきました。
ディナーの後はホテルに戻り、だらだらとテレビを見て眠りについた。そして朝7時起床。朝食とシャワーを済ませ空港へ。空港まで45分ぐらいかかる。そして、チェックインして、飛行機に乗り込む。ちなみに、飛行時間は1時間15分と短めである上に、あまり人口の多くないインディアナへのフライトであるため、飛行機も小型。これがその飛行機。
これに乗って、無事出張から帰ってきたのである。
出張記、終わり。
彼と少し話したあと、とりあえず今日一日だけ仮のオフィスが私に与えられた。通常、他の大学に講演に行くと、こういう感じでその日一日のオフィスがあてがわれるのである。Kartikは10時から一時間ほど授業が入っているとのことで、それまでこのオフィスで暇つぶしである。
11時にKartikが授業を終えて戻ってきたので、二人で最近やっている研究などについて話した。そして、お昼。Kartikと他の教員二人の合計4人でお昼と食べにキャンパス近くのちょっとしたレストランへ。で、なんとこのうちの一人はかなり年配だったのだが、先週ノーベル化学賞をとった人の一人は彼の大学一年の時のルームメートだったらしい。
そんな感じで昼食も終わり、時刻は1時。講演は2時なのでそれまで再びオフィスで待機。ちょっと昼寝をした。
そして、講演。まずはじめに気がついたことは、結構大学院生が聞きに来てたことである。良いことである。講演時間は最も典型的な一時間。私は大学院生の時など、「一時間」の配分がうまくできなくて苦労したのだが、最近はもう慣れたものである。講演も無事終わり、基本的に皆興味深く聞いてくれてた様である...一人だけ、居眠りしている人がいたのに気づいたが(笑)。
講演の直後何人かの人が興味を示し質問に来た。これは、基本的に講演がうまくいったこを示している、と私は考えている。
講演の後は夕食まで時間がある。Kartikやその他の人もいろいろとやることがあるらしいので、再びオフィスにもどり、暇つぶし。って言っても講演が終わってあまりやることも無いから、ちょっとキャンパス内を散歩してみた。メリーランド大学のキャンパスの一部はこんな感じである。
さらに、もう一枚。学生の憩いの場みたいな場所なんだろうか。
結構気温が高めで喉が渇いたから、キャンパス内のスタバでアイスコーヒーを買った。しかし、スタバはどこにでもある。
オフィスにもどり、最近読み始めた論文を読みながら時間をつぶした。そして6時。Kartikがオフィスへやってきた。夕食の時間である。そう、この手の講演の最後を飾るのは「ディナー」である。参加するしないは自由だが、講演者と数人の教員と大学院生で近くのレストランに行くのがお決まりのパターンである。そんな訳でKartikを含む数人でレストランへ。ちなみに、誰がお金を出すかといえば、
1.講演者...タダ(やったね!)
2.大学の教員...自腹
3.大学院生...一部だけ自腹
ちなみに、大学院生がどのくらい負担しなければいけないかは、大学によってまちまちのようで、私の出た大学院では学生は半額、というのが決まりだった。そして、私も大学院生のころはこの特権を利用すべく、この手のディナーには積極的に参加したのであった。
で、私が注文したのはこれ。
ダック料理。美味しくいただきました。
ディナーの後はホテルに戻り、だらだらとテレビを見て眠りについた。そして朝7時起床。朝食とシャワーを済ませ空港へ。空港まで45分ぐらいかかる。そして、チェックインして、飛行機に乗り込む。ちなみに、飛行時間は1時間15分と短めである上に、あまり人口の多くないインディアナへのフライトであるため、飛行機も小型。これがその飛行機。
これに乗って、無事出張から帰ってきたのである。
出張記、終わり。
2008年10月15日水曜日
出張記(メリーランド大学)~その2
空港に無事到着。携帯で友人のJamesに電話を掛ける。20分ぐらいしたら車で空港に迎えにくるとのこと。そんな訳で、20分間待ちぼうけ。で、本当にちょうど20分後にJames登場。そのまま、彼の(最近つきあいはじめた?)ガールフレンドの家に。で、そのガールフレンドを紹介された。名前はLisa。なんと、その彼女は年齢35歳とのことなのだが、見た目は25歳ぐらいに見える。ちなみにJamesはたしか29歳。多少年齢の差があるような気もしなくもないが、あまり気にしないでおこう。
この三人で、DCの市内にあるタイ料理のレストランへ。しかしDCは車を止める場所を探すのが結構大変。って、アメリカの大都市に典型的ではあるのだが。レストランからちょっと離れた場所に車を止めて、少し歩く。久し振りにアメリカの都市部を歩いた感じがする。ううむ、Purdue大学のある町West Lafayetteとは大違いの「大都会」である。
食事の後は、Lisaの友達2人が近くのバーで飲んでるとのことで、それにちょっとだけ参加。でも、結構疲れてたので、適当なところで退散。Jamesの車で彼のアパートまでやってきた。今日の寝床である。
ところで、Jamesというのは私の大学院時代の友人で、大学院時代の最大の親友でもある。数学の才能はかなりのものと私は思っていたのだが、結局アカデミアに残る道を選ばなかったいわば「数学を辞めていった人達」の一人である。そして現在ではワシントンDC郊外にあるNSAという場所で働いているのだ。
って、NSAって何?なんか聞いたことある、って人もいるかもしれないので説明しよう。アメリカにはアメリカ軍以外に大統領直属の組織が3つ存在する。そのうちの2つはあの有名なFBIとCIA。そして、3つ目がこのNSAなのだ。NSAとはNational Security Agencyの略で日本語では「国家安全保障局」という恐れ多い訳があてられている。主な任務は情報収集とその分析や暗号解析など...らしい。「らしい」というのも、基本的に彼らの仕事内容は重要な国家機密であるため、一般人には謎に包まれているのだ。しかし、そんな謎の組織NSAで働くJamesはかなり外部に漏らしてはいけないアメリカ軍などの重要な秘密を知ることができるらしい...恐ろしいことである。私もそれとなく彼の仕事内容などを聞き出そうとしてみたが、やはりガードは固く教えてはもらえない...あたりまえではあるが。ちなみに、彼の給料は推定年俸900万円。ううむ、数学の道を捨て、こういう仕事に就くのもそれはそれでいい人生なのかもしれない。
とにもかくにも、そんなNSAで働くJameseの家にこの日はお泊り。
そして、夜は明けた。
日曜日。軽く朝食兼昼食をJamesの家で食べて、昼ごろに車でゴルフ場へ、といってもこの日は打ちっぱなし(driving range)だけ。だらだらと2時間近くゴルフをしてお腹がすいたので、ちょっと遅めの本格的な(?)昼食。チャイニーズレストランで食べた。そのあとはスタバでだべって気がついたら5時過ぎ。車で明日講演をするメリーランド大学の近くにある今晩泊まるホテルまで送ってもらった。この日の夕方からJamesは用事があるとのことで、ここでJamesとお別れ。次会うのはいったいいつになるのだろうか。
ホテルにチェックインし、なんか疲れていたので少しだけ昼寝をした。その後はだらだらとテレビを見ながら、明日の講演の準備。ちなみに数学の講演の多くはスライドとかコンピューターのプレゼン用のソフトとかを使うのではなく、原始的に黒板を使うのである。普通に、大学の講義とかと同じような感覚で、説明しながら黒板に書いていくのである。他の分野の人にはかなり驚くべきことかもしれないが、数学では多くの場合この「原始的な手法」が用いられるのである。理由は私の思うところでは
1.スライドとか作るのがめんどくさい
2.数学という学問の性質上、普通に黒板を使うのが一番わかりやすい
という二つが挙げられると思う。もちろん、たまにはスライドとかコンピュータとか使って講演する人もいるのではあるが、黒板を使う人が多数派で、私も講演は基本的に黒板のみを使って行うようにしている。
そんな訳で、講演の準備といっても、黒板に書く内容をノートにまとめるだけではあるのだが。そんでもっと夜の9時ぐらいに近くにあったDinerで軽く夕食を食べて。早めに眠りについた。明日はいよいよ講演である。
....出張記、第三部へ続く。
この三人で、DCの市内にあるタイ料理のレストランへ。しかしDCは車を止める場所を探すのが結構大変。って、アメリカの大都市に典型的ではあるのだが。レストランからちょっと離れた場所に車を止めて、少し歩く。久し振りにアメリカの都市部を歩いた感じがする。ううむ、Purdue大学のある町West Lafayetteとは大違いの「大都会」である。
食事の後は、Lisaの友達2人が近くのバーで飲んでるとのことで、それにちょっとだけ参加。でも、結構疲れてたので、適当なところで退散。Jamesの車で彼のアパートまでやってきた。今日の寝床である。
ところで、Jamesというのは私の大学院時代の友人で、大学院時代の最大の親友でもある。数学の才能はかなりのものと私は思っていたのだが、結局アカデミアに残る道を選ばなかったいわば「数学を辞めていった人達」の一人である。そして現在ではワシントンDC郊外にあるNSAという場所で働いているのだ。
って、NSAって何?なんか聞いたことある、って人もいるかもしれないので説明しよう。アメリカにはアメリカ軍以外に大統領直属の組織が3つ存在する。そのうちの2つはあの有名なFBIとCIA。そして、3つ目がこのNSAなのだ。NSAとはNational Security Agencyの略で日本語では「国家安全保障局」という恐れ多い訳があてられている。主な任務は情報収集とその分析や暗号解析など...らしい。「らしい」というのも、基本的に彼らの仕事内容は重要な国家機密であるため、一般人には謎に包まれているのだ。しかし、そんな謎の組織NSAで働くJamesはかなり外部に漏らしてはいけないアメリカ軍などの重要な秘密を知ることができるらしい...恐ろしいことである。私もそれとなく彼の仕事内容などを聞き出そうとしてみたが、やはりガードは固く教えてはもらえない...あたりまえではあるが。ちなみに、彼の給料は推定年俸900万円。ううむ、数学の道を捨て、こういう仕事に就くのもそれはそれでいい人生なのかもしれない。
とにもかくにも、そんなNSAで働くJameseの家にこの日はお泊り。
そして、夜は明けた。
日曜日。軽く朝食兼昼食をJamesの家で食べて、昼ごろに車でゴルフ場へ、といってもこの日は打ちっぱなし(driving range)だけ。だらだらと2時間近くゴルフをしてお腹がすいたので、ちょっと遅めの本格的な(?)昼食。チャイニーズレストランで食べた。そのあとはスタバでだべって気がついたら5時過ぎ。車で明日講演をするメリーランド大学の近くにある今晩泊まるホテルまで送ってもらった。この日の夕方からJamesは用事があるとのことで、ここでJamesとお別れ。次会うのはいったいいつになるのだろうか。
ホテルにチェックインし、なんか疲れていたので少しだけ昼寝をした。その後はだらだらとテレビを見ながら、明日の講演の準備。ちなみに数学の講演の多くはスライドとかコンピューターのプレゼン用のソフトとかを使うのではなく、原始的に黒板を使うのである。普通に、大学の講義とかと同じような感覚で、説明しながら黒板に書いていくのである。他の分野の人にはかなり驚くべきことかもしれないが、数学では多くの場合この「原始的な手法」が用いられるのである。理由は私の思うところでは
1.スライドとか作るのがめんどくさい
2.数学という学問の性質上、普通に黒板を使うのが一番わかりやすい
という二つが挙げられると思う。もちろん、たまにはスライドとかコンピュータとか使って講演する人もいるのではあるが、黒板を使う人が多数派で、私も講演は基本的に黒板のみを使って行うようにしている。
そんな訳で、講演の準備といっても、黒板に書く内容をノートにまとめるだけではあるのだが。そんでもっと夜の9時ぐらいに近くにあったDinerで軽く夕食を食べて。早めに眠りについた。明日はいよいよ講演である。
....出張記、第三部へ続く。
2008年10月14日火曜日
出張記(メリーランド大学)~その1
今日、出張から帰ってきた。ところで、数学者の出張ってなにするの?と思っている人も多いかと思うのだが、基本的に数学者が出張する理由は以下の3つが典型的なものである。
1.他大学のセミナーなどで講演を行う
2.研究集会(英語で言うところのconference)に参加する
3.他大学にいる共同研究者のところに行き研究を行う
で、今回の私の出張理由はというと、1番目に該当することになる。今週の月曜日にアメリカの首都ワシントンDCの近くにあるメリーランド大学でのセミナーの講演者として招待されたのである。そしてこの場合、アメリカでは通常、講演のある日とその前日のホテル代と交通費(主に飛行機代)が招待した大学(今回の場合はメリーランド大学)から支給される。
が、気になっている人のために...「講演料」などといった気の利いたものは出ないのが普通である...残念ながら。さらに、交通費は通常「一時立て替え」というのが原則で、出張から帰ってきて飛行機代やら電車代などのレシートを郵送してしばらくしたらその分のチェックが送られてくるシステムになっているのだ。そして、大学によってはこのプロセスに数か月かかるところもあり、忘れたころにお金が戻ってくることが多々あるのだ。
しかし、まぁ講演に招待されることは私のように若手の数学者にとってはそこそこ名誉なことであり、文句を言うつもりは全くないのではあるが。
ところで、今回の講演は月曜日に予定されているため、日曜の夜と月曜の夜のホテル代はメリーランド大学側が面倒を見てくれる。そこで、普通であれば、日曜に出発することになるのだが、今回は一日前の土曜日に出発。というのも、メリーランド大学の近くには私の親友が住んでいて、これに便乗してこの友人のところに遊びに行くことにしたのである。
そんな訳で土曜日、昼過ぎに家を出て、Airport Shuttle(シャトルバスとでも言うんだろうか)に乗って一路空港へ...。ちなみに私のいる大学(Purdue大学)はインディアナ州の何もないところに位置しており、最寄の空港までこのシャトルで1時間ほどかかる。
そして、無事空港に到着。荷物をチェックインするが、なんと飛行機に預ける荷物は一つにつき15ドル取られた。なんだそりゃ?と思ったが、つい最近からそういシステムになったらしい。そこで渋々15ドルを払い、チェックインを済まし、セキュリティーチェックを済ませ、登場口へ。そして飛行機に乗り、離陸。奇跡的にもハイジャックもされず、事故も起こさず、無事ワシントンDCへ到着した。ちなみに、着陸するちょっと前に空からワシントンDCを撮影。これがそれ。
真ん中に見える白い塔がよく映画とかに出てくるワシントン記念塔。右下に写ってる五角形の建物がペンタゴン。さてそこで問題です。大統領の住まいであるホワイトハウスはどこでしょう?
そんな感じで、やってきました、アメリカの首都ワシントンDC。ちなみに日本ではアメリカの首都は単純に「ワシントン」と習う?と思うのだが、アメリカではWashingtonというと「ワシントン州」(シアトルのある州)を指す方が一般的な感じで、首都のワシントンはどちらかというと「DC」ということの方が多ように感じるので、アメリカ人と話す際は気をつけてくださいませ。
.....出張記、第二部に続く。
1.他大学のセミナーなどで講演を行う
2.研究集会(英語で言うところのconference)に参加する
3.他大学にいる共同研究者のところに行き研究を行う
で、今回の私の出張理由はというと、1番目に該当することになる。今週の月曜日にアメリカの首都ワシントンDCの近くにあるメリーランド大学でのセミナーの講演者として招待されたのである。そしてこの場合、アメリカでは通常、講演のある日とその前日のホテル代と交通費(主に飛行機代)が招待した大学(今回の場合はメリーランド大学)から支給される。
が、気になっている人のために...「講演料」などといった気の利いたものは出ないのが普通である...残念ながら。さらに、交通費は通常「一時立て替え」というのが原則で、出張から帰ってきて飛行機代やら電車代などのレシートを郵送してしばらくしたらその分のチェックが送られてくるシステムになっているのだ。そして、大学によってはこのプロセスに数か月かかるところもあり、忘れたころにお金が戻ってくることが多々あるのだ。
しかし、まぁ講演に招待されることは私のように若手の数学者にとってはそこそこ名誉なことであり、文句を言うつもりは全くないのではあるが。
ところで、今回の講演は月曜日に予定されているため、日曜の夜と月曜の夜のホテル代はメリーランド大学側が面倒を見てくれる。そこで、普通であれば、日曜に出発することになるのだが、今回は一日前の土曜日に出発。というのも、メリーランド大学の近くには私の親友が住んでいて、これに便乗してこの友人のところに遊びに行くことにしたのである。
そんな訳で土曜日、昼過ぎに家を出て、Airport Shuttle(シャトルバスとでも言うんだろうか)に乗って一路空港へ...。ちなみに私のいる大学(Purdue大学)はインディアナ州の何もないところに位置しており、最寄の空港までこのシャトルで1時間ほどかかる。
そして、無事空港に到着。荷物をチェックインするが、なんと飛行機に預ける荷物は一つにつき15ドル取られた。なんだそりゃ?と思ったが、つい最近からそういシステムになったらしい。そこで渋々15ドルを払い、チェックインを済まし、セキュリティーチェックを済ませ、登場口へ。そして飛行機に乗り、離陸。奇跡的にもハイジャックもされず、事故も起こさず、無事ワシントンDCへ到着した。ちなみに、着陸するちょっと前に空からワシントンDCを撮影。これがそれ。
真ん中に見える白い塔がよく映画とかに出てくるワシントン記念塔。右下に写ってる五角形の建物がペンタゴン。さてそこで問題です。大統領の住まいであるホワイトハウスはどこでしょう?
そんな感じで、やってきました、アメリカの首都ワシントンDC。ちなみに日本ではアメリカの首都は単純に「ワシントン」と習う?と思うのだが、アメリカではWashingtonというと「ワシントン州」(シアトルのある州)を指す方が一般的な感じで、首都のワシントンはどちらかというと「DC」ということの方が多ように感じるので、アメリカ人と話す際は気をつけてくださいませ。
.....出張記、第二部に続く。
2008年10月11日土曜日
2008年10月8日水曜日
田舎
2008年10月6日月曜日
新装開店
ご無沙汰です。
イスラエルからアメリカに戻ってきました。色々とガタガタしてて、ブログの方は全くほったらかし状態になってたことについ最近気づいたから、久しぶりに更新します。
って、エジプト旅行記はどうなったの?って人のために....もうめんどくさくなったから続きは想像にお任せします。
そんな訳でこれからはタイトルも一新、「アメリカ大学教員の日記」として再出発します。
では。
イスラエルからアメリカに戻ってきました。色々とガタガタしてて、ブログの方は全くほったらかし状態になってたことについ最近気づいたから、久しぶりに更新します。
って、エジプト旅行記はどうなったの?って人のために....もうめんどくさくなったから続きは想像にお任せします。
そんな訳でこれからはタイトルも一新、「アメリカ大学教員の日記」として再出発します。
では。
2008年7月2日水曜日
エジプト旅行記その3~紅海の魚たち
エジプトへ無事入国し、国境検問所のすぐ前から乗合バス(みたいの)に乗って、いざシャルム・エル・シェイクをめざす。途中ですこしずつ他の乗客達が下りていき、最後には私たち二人だけが残った。そして、シャルム・エル・シェイク到着。もうかなり薄暗くなっている。
バスの終着点からはタクシーに乗る。運転手にどこか適当なホテルに連れってくれと頼んだら、一泊40ドルぐらいのホテルがあるから、と言われそこまで運んでもらった。
そしてホテルにチェックイン。お腹が空いてたからホテルの近くのレストランで夕食。これがその夕食。
食事の後は疲れていたのですぐに寝た。
そして、次ぎの朝。とりあえず写真を撮る。
これが泊ってるホテル。
そんでもって、これがホテルの部屋からの景色。
ビーチの近くでもう一枚。
まだ多少シーズン前であるため、観光客もまばら。しかし、きれいな海である。そう、ここは紅海のなかでもかなり有名なダイビングスポットなのだ。というわけで、せっかくだか.....
ダイバーに変身。この透き通った海へと潜る。
この先端のところから海は急に深くなっていて、ここからダイブした。しかし、かなりの透明度である。ちなみに、ダイビングするまでもなく、すでに水面からでも沢山の魚が泳いでいるのが見える。こんな感じで。
従って、普通にゴーグルつけて泳いでるだけでも十分にサンゴにまみれるお魚達を鑑賞できた。
ううむ、魚は見てよし、食べてよしである。
エジプト旅行記第4部へと続く。
バスの終着点からはタクシーに乗る。運転手にどこか適当なホテルに連れってくれと頼んだら、一泊40ドルぐらいのホテルがあるから、と言われそこまで運んでもらった。
そしてホテルにチェックイン。お腹が空いてたからホテルの近くのレストランで夕食。これがその夕食。
食事の後は疲れていたのですぐに寝た。
そして、次ぎの朝。とりあえず写真を撮る。
これが泊ってるホテル。
そんでもって、これがホテルの部屋からの景色。
ビーチの近くでもう一枚。
まだ多少シーズン前であるため、観光客もまばら。しかし、きれいな海である。そう、ここは紅海のなかでもかなり有名なダイビングスポットなのだ。というわけで、せっかくだか.....
ダイバーに変身。この透き通った海へと潜る。
この先端のところから海は急に深くなっていて、ここからダイブした。しかし、かなりの透明度である。ちなみに、ダイビングするまでもなく、すでに水面からでも沢山の魚が泳いでいるのが見える。こんな感じで。
従って、普通にゴーグルつけて泳いでるだけでも十分にサンゴにまみれるお魚達を鑑賞できた。
ううむ、魚は見てよし、食べてよしである。
エジプト旅行記第4部へと続く。
2008年6月25日水曜日
エジプト旅行記その2~ピラミッド!?
ピラミッドを目指して、エジプト国境に到着。
日本を含め多くの先進国のパスポートを有する場合、エジプトへ観光で入国する際は、あらかじめビザを取得する必要は無く、飛行場や港や陸続きの国境で入国の際にビザを取得できる。これが所謂"Visa on arrrival"というやつである。したがって、たとえば日本からエジプトへ観光旅行に来る際にはビザのことは心配する必要はないのである。
そのつもりで、Eilatにあるイスラエルとエジプトの国境にやってきた......
が、なっ、なんと....
なんと、なんと、なんと、エジプトにある全ての飛行場、港、国境でこのVisa on arrivalが取得可能であるはずと思っていたのだが、たった一か所だけ例外があった....そう、それがこのイスラエルとの国境である。
うっそ?
って思ったけど、大マジ!!
という訳で、エジプトには入国すらできず?
と思ったのではあるが、エジプトへの観光ビザの代わりに、ここではシナイ半島のみであれば自由に観光ができる特別な入国許可がもらえるとのこと。
でも、シナイ半島にはピラミッドはない!!!
「ピラミッドが見たいならEilatにあるエジプト大使館まで行って、ビザを取ってくる必要がある。平日ならその日のうちにビザが下りる。」って言われたけど、「今は休日中で大使館は休日明けまで開かない。」とも言われた!!
という訳で、シナイ半島の観光で我慢する羽目に!!!!
結局ピラミッドには行けず!!!!
ガッカリである。
そんなこんなで、急きょ予定を変更。シナイ半島の南端シャルム・エル・シェイクを目指すことに。
エジプト旅行記第3部へ、つづく。
日本を含め多くの先進国のパスポートを有する場合、エジプトへ観光で入国する際は、あらかじめビザを取得する必要は無く、飛行場や港や陸続きの国境で入国の際にビザを取得できる。これが所謂"Visa on arrrival"というやつである。したがって、たとえば日本からエジプトへ観光旅行に来る際にはビザのことは心配する必要はないのである。
そのつもりで、Eilatにあるイスラエルとエジプトの国境にやってきた......
が、なっ、なんと....
なんと、なんと、なんと、エジプトにある全ての飛行場、港、国境でこのVisa on arrivalが取得可能であるはずと思っていたのだが、たった一か所だけ例外があった....そう、それがこのイスラエルとの国境である。
うっそ?
って思ったけど、大マジ!!
という訳で、エジプトには入国すらできず?
と思ったのではあるが、エジプトへの観光ビザの代わりに、ここではシナイ半島のみであれば自由に観光ができる特別な入国許可がもらえるとのこと。
でも、シナイ半島にはピラミッドはない!!!
「ピラミッドが見たいならEilatにあるエジプト大使館まで行って、ビザを取ってくる必要がある。平日ならその日のうちにビザが下りる。」って言われたけど、「今は休日中で大使館は休日明けまで開かない。」とも言われた!!
という訳で、シナイ半島の観光で我慢する羽目に!!!!
結局ピラミッドには行けず!!!!
ガッカリである。
そんなこんなで、急きょ予定を変更。シナイ半島の南端シャルム・エル・シェイクを目指すことに。
エジプト旅行記第3部へ、つづく。
2008年6月20日金曜日
エジプト旅行記その1~旅立ちの日
6月6日から9日にかけて(先々週)、イスラエルはちょっとした休日だった。Sefirahとかっていう休日らしく、Passover(参照記事)から49日目を祝う(?)ためのものらしい。例によって、イスラエルは休日になるとほとんど全てが閉まる。スーパーもレストランも、バスや電車まで...。つまり、
イスラエルにいても、やることがない!!
って、仕事をしろよ!!っていう天の声が聞こえてきそうな気もするが、せっかくの休日だから、ちょっとした「海外旅行」に。
イスラエルは、レバノン、シリア、ヨルダン、エジプト、そしてヨルダン川西岸のパレスチナ自治区およびガザ地区と国境を接する国である。(ヨルダン川西岸とガザを「国」というのかどうかは議論の別れるところではあるが。)
そのなかで、現在イスラエルからの入国可能なのは、ヨルダン、エジプト、そしてヨルダン川西岸の三つのみ。(まぁ、こう見るとずいぶんのと敵に囲まれている国にいるなぁ~、という気もするが。)
で、ヨルダンはこの前行ってきたし、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区は入れるには入れるが、入ったら最後、命の保証はない。
そこで、消去法により(?)、今回はエジプトに行くことに。一緒に行ったのはイタリア人の友人Marco。6日の朝9時頃にBeer-Shevaからバスに乗って、イスラエルの南端にあるEilatへ。ここはヨルダン旅行の時にも行った場所で、エジプトへの入国もここから出来る。1時頃にEilatに到着。エジプト国境へ。
目指すは当然、ピラミッド!!
そしていざ、入国審査所へ向かったのである。....第二部へつづく。
イスラエルにいても、やることがない!!
って、仕事をしろよ!!っていう天の声が聞こえてきそうな気もするが、せっかくの休日だから、ちょっとした「海外旅行」に。
イスラエルは、レバノン、シリア、ヨルダン、エジプト、そしてヨルダン川西岸のパレスチナ自治区およびガザ地区と国境を接する国である。(ヨルダン川西岸とガザを「国」というのかどうかは議論の別れるところではあるが。)
そのなかで、現在イスラエルからの入国可能なのは、ヨルダン、エジプト、そしてヨルダン川西岸の三つのみ。(まぁ、こう見るとずいぶんのと敵に囲まれている国にいるなぁ~、という気もするが。)
で、ヨルダンはこの前行ってきたし、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区は入れるには入れるが、入ったら最後、命の保証はない。
そこで、消去法により(?)、今回はエジプトに行くことに。一緒に行ったのはイタリア人の友人Marco。6日の朝9時頃にBeer-Shevaからバスに乗って、イスラエルの南端にあるEilatへ。ここはヨルダン旅行の時にも行った場所で、エジプトへの入国もここから出来る。1時頃にEilatに到着。エジプト国境へ。
目指すは当然、ピラミッド!!
そしていざ、入国審査所へ向かったのである。....第二部へつづく。
2008年6月16日月曜日
タイガー優勝!!USオープンを終えて。
US オープン(ゴルフ)が終わった。やっと終わった。最終日でも決着つかず、プレーオフでも決着つかず、プレーオフのさらにプレーオフでついに終結した。
こんな超接戦、生中継でみてたら大興奮だったんだろうな~。インターネットで見てたって、かなりエキサイトしてぐらいだから。しかも、去年まで住んでたSan Diegoの近くで、しかも、しかも、自分でも何回かプレーしたことがあるTorrey Pines Golf Course(参照記事)でのUSオープンだったからなおさらという気がする。
しかし、さすがタイガー。手術した膝が完治してないのに、足を引きずりながら優勝してしまった訳だから。もしベストコンディションだったら、圧勝だったんだろうか?とも思ったりする。
こんな超接戦、生中継でみてたら大興奮だったんだろうな~。インターネットで見てたって、かなりエキサイトしてぐらいだから。しかも、去年まで住んでたSan Diegoの近くで、しかも、しかも、自分でも何回かプレーしたことがあるTorrey Pines Golf Course(参照記事)でのUSオープンだったからなおさらという気がする。
しかし、さすがタイガー。手術した膝が完治してないのに、足を引きずりながら優勝してしまった訳だから。もしベストコンディションだったら、圧勝だったんだろうか?とも思ったりする。
2008年6月4日水曜日
ヨルダン旅行記最終回~ベドウィン体験
ヨルダン3日目。今日はぺトラではなWadi Rumへ。Wadi Rumとはヨルダンにある有名な砂漠のことなのだが、なんとここではベドウィン体験ができてしまうのだ。ベドウィンとは、基本的にアフリカ北部から中東地域にかけて昔から遊牧生活を送っている「砂漠の遊牧民」のことである。ヨルダンにも、イスラエルにも沢山いる。
でも実はここ半世紀ぐらいは多くのベドウィン達は遊牧を止め定住生活をしているらしく、たとえばイスラエルのベドウィンは基本的に全員定住しているらしい。
遊牧民、遊牧やめたら、ただの民、
などと思わず一句詠んでしまったが、とにかくこの日はそんなベドウィンのマネごとをするべく、Wadi Rum砂漠にやってきた。朝、ぺトラ付近のホテルを出て昼近くにWadi Rum到着。昼食と一緒にベドウィン紅茶とベドウィン音楽でもてなされた。
そして、こんな感じの「荷台」に乗り、いざ砂漠の中へ。
ちなみにこの車はTOYOTAだった。
この車で砂漠の中をひた走る。こんなところや、
こんなところ。
ちなみに、これは古代人の残した壁画らしい。
ところで、ベドウィンってどんな感じの人かというと、こんな感じ。
一応、念のために言っとくけど、左側に写ってる人がベドウィンである。ちなみに彼が運転手。と、そこで思った。「私もこうなったらベドウィンに変身しよう!」
という訳けで、変身!!
ちなみに、この頭にかぶるやつは、結構通気性がよく、なおかつ砂ぼこりをうまくシャットアウトしてくれる。きっとベドウィンたちが長年かけて編み出した砂漠で生きるための知恵なのだろうか、などと思ったりもした。結局この日はこれを一日中かぶってた。
そして、あっという間に夕方に。
もう結構薄暗いがもう一枚。
そして寝床に到着。そう、当然ベドウィンの体験をする訳だから、寝るのは砂漠の中の「ベドウィンテント」。
これが、テントの前の焚き火(?)って言うんだろうか。
そしてこれがテント。
もちろん、寝る前には夕食が出る。これがそのベドウィン料理(なのかなぁ~?)。
結構美味しかった。お腹が空いてたせいもあるけど。そして、寝るのはテントの中で寝てもいいけど、かなり厚手の布団を用意してくれたので、なんと外で寝ることに。上の写真の焚き火の周りで。ガイドのベドウィンさんも外で寝てたし、できるだけベドウィンのマネをした。
ところで、このベドウィンという人達は基本的に(少なくともつい最近までは)遊牧民。彼らはおそらく「領土」などという概念すら持たずに数千年の時を生きてきた人達である。そんなベドウィン達の基本的な考え方は、そもそも大地は神が所有するものであり、人間がいかに所有権を主張したところでそんなものは空言のようなもの。そんな考えだから、ベドウィンにとってはパレスチナ問題などは、くだらない争いごと。よって、イスラエルにおいても、ユダヤ人ともパレスチナ人ともそこそこ仲良く生活しているのである。
で私がこの夜を過ごしたのは、人口の光は何もないそんなベドウィンのテント。砂漠の星空を眺めながらそんなことを考えたりして眠りについた。
そして、夜明け。
もう一枚。
かなり清々しい朝だった。
このあと朝食が出て、車に乗りWadi Rum出口まで。そして、一日に一本しかない(らしい)バスに乗って、再びぺトラ付近のホテルまで。昼食を食べたあと、再びぺトラ見物。そしてこの夜はホテルにとまり、次の日の朝、イスラエルへ帰ったのであたった。
ヨルダン旅行記、終わり....。
でも実はここ半世紀ぐらいは多くのベドウィン達は遊牧を止め定住生活をしているらしく、たとえばイスラエルのベドウィンは基本的に全員定住しているらしい。
遊牧民、遊牧やめたら、ただの民、
などと思わず一句詠んでしまったが、とにかくこの日はそんなベドウィンのマネごとをするべく、Wadi Rum砂漠にやってきた。朝、ぺトラ付近のホテルを出て昼近くにWadi Rum到着。昼食と一緒にベドウィン紅茶とベドウィン音楽でもてなされた。
そして、こんな感じの「荷台」に乗り、いざ砂漠の中へ。
ちなみにこの車はTOYOTAだった。
この車で砂漠の中をひた走る。こんなところや、
こんなところ。
ちなみに、これは古代人の残した壁画らしい。
ところで、ベドウィンってどんな感じの人かというと、こんな感じ。
一応、念のために言っとくけど、左側に写ってる人がベドウィンである。ちなみに彼が運転手。と、そこで思った。「私もこうなったらベドウィンに変身しよう!」
という訳けで、変身!!
ちなみに、この頭にかぶるやつは、結構通気性がよく、なおかつ砂ぼこりをうまくシャットアウトしてくれる。きっとベドウィンたちが長年かけて編み出した砂漠で生きるための知恵なのだろうか、などと思ったりもした。結局この日はこれを一日中かぶってた。
そして、あっという間に夕方に。
もう結構薄暗いがもう一枚。
そして寝床に到着。そう、当然ベドウィンの体験をする訳だから、寝るのは砂漠の中の「ベドウィンテント」。
これが、テントの前の焚き火(?)って言うんだろうか。
そしてこれがテント。
もちろん、寝る前には夕食が出る。これがそのベドウィン料理(なのかなぁ~?)。
結構美味しかった。お腹が空いてたせいもあるけど。そして、寝るのはテントの中で寝てもいいけど、かなり厚手の布団を用意してくれたので、なんと外で寝ることに。上の写真の焚き火の周りで。ガイドのベドウィンさんも外で寝てたし、できるだけベドウィンのマネをした。
ところで、このベドウィンという人達は基本的に(少なくともつい最近までは)遊牧民。彼らはおそらく「領土」などという概念すら持たずに数千年の時を生きてきた人達である。そんなベドウィン達の基本的な考え方は、そもそも大地は神が所有するものであり、人間がいかに所有権を主張したところでそんなものは空言のようなもの。そんな考えだから、ベドウィンにとってはパレスチナ問題などは、くだらない争いごと。よって、イスラエルにおいても、ユダヤ人ともパレスチナ人ともそこそこ仲良く生活しているのである。
で私がこの夜を過ごしたのは、人口の光は何もないそんなベドウィンのテント。砂漠の星空を眺めながらそんなことを考えたりして眠りについた。
そして、夜明け。
もう一枚。
かなり清々しい朝だった。
このあと朝食が出て、車に乗りWadi Rum出口まで。そして、一日に一本しかない(らしい)バスに乗って、再びぺトラ付近のホテルまで。昼食を食べたあと、再びぺトラ見物。そしてこの夜はホテルにとまり、次の日の朝、イスラエルへ帰ったのであたった。
ヨルダン旅行記、終わり....。
2008年5月24日土曜日
ヨルダン旅行記その3~ぺトラ
ヨルダン二日目。朝8時ぐらいに起床。ホテルで軽い朝食を食べたあと、いざぺトラへ。入り口で入場料を払い公園内へ入る。1キロほど、くねくねした崖の中を歩く。こんな感じ。
さらに、こんな感じ。
そして、さらに続く。ゴールは近い。
そしてこの先に登場したのが、これ。
しかし、ぺトラは新世界7不思議に認定されて以来、観光客が急増したらしく、人がウジャウジャいる。こんな感じで、ウジャウジャ。
で、似たような感じの建物、って言うか岩に彫られた神殿(?)みたいのがいくつかあって、2キロほど歩いたところに、昼飯が食べられる場所があった。確か11時半ぐらいだったけど、早めの昼食。
そして、その先はひたすら上り坂とのころ。そこで、地元の人たちが商売にしているのが自称「Taxi(タクシー)」。歩くよりはタクシーの方が楽とのことで、700円ぐらいでタクシーに乗ることに。
そう、これがそのタクシー!!
いわずと知れたロバである!!
このタクシーことロバ君に揺られること30分ぐらい。頂上に到着。景色はこんな感じ。
さらに、もう少し上に上るとこんな景色。
ちなみに、頂上付近にもこんなのがある。
頂上付近には、御茶屋とかもあって、ここでしばらくくつろいだ。そして、夕方近くに下山。山を降りたころは結構疲れたが、ここから入り口まではまだ数キロの道のり。結構疲れてたので、1500円ぐらいだして、別のタクシーを捉まえた。
これがそれ!!
心の準備はいいか?
こんな感じ。
驚いたか!!!!?
齢33にして初めての乗ラクダである。
このラクダに揺られ、数キロの道のりをとぼとぼと帰っていった。入り口付近に着いたときには、もう辺りは暗かった。
でも、もう一回ラクダと一緒に記念撮影。
ちなみに、ここに写ってる小さい子供がなんとラクダの先導役。日本だったら小学校低学年ぐらいなんだろうけど、きっと学校なんか行ってないんだろうなぁ~、などと考えたりもした。ちなみに、最後にはきちんとチップを請求された...こういう教育をよく行き届いてるようである。
そんな訳で、ロバとラクダの両方に乗った一日は終わりを告げたのであった。
ヨルダン旅行記第4部へとつづく。
さらに、こんな感じ。
そして、さらに続く。ゴールは近い。
そしてこの先に登場したのが、これ。
しかし、ぺトラは新世界7不思議に認定されて以来、観光客が急増したらしく、人がウジャウジャいる。こんな感じで、ウジャウジャ。
で、似たような感じの建物、って言うか岩に彫られた神殿(?)みたいのがいくつかあって、2キロほど歩いたところに、昼飯が食べられる場所があった。確か11時半ぐらいだったけど、早めの昼食。
そして、その先はひたすら上り坂とのころ。そこで、地元の人たちが商売にしているのが自称「Taxi(タクシー)」。歩くよりはタクシーの方が楽とのことで、700円ぐらいでタクシーに乗ることに。
そう、これがそのタクシー!!
いわずと知れたロバである!!
このタクシーことロバ君に揺られること30分ぐらい。頂上に到着。景色はこんな感じ。
さらに、もう少し上に上るとこんな景色。
ちなみに、頂上付近にもこんなのがある。
頂上付近には、御茶屋とかもあって、ここでしばらくくつろいだ。そして、夕方近くに下山。山を降りたころは結構疲れたが、ここから入り口まではまだ数キロの道のり。結構疲れてたので、1500円ぐらいだして、別のタクシーを捉まえた。
これがそれ!!
心の準備はいいか?
こんな感じ。
驚いたか!!!!?
齢33にして初めての乗ラクダである。
このラクダに揺られ、数キロの道のりをとぼとぼと帰っていった。入り口付近に着いたときには、もう辺りは暗かった。
でも、もう一回ラクダと一緒に記念撮影。
ちなみに、ここに写ってる小さい子供がなんとラクダの先導役。日本だったら小学校低学年ぐらいなんだろうけど、きっと学校なんか行ってないんだろうなぁ~、などと考えたりもした。ちなみに、最後にはきちんとチップを請求された...こういう教育をよく行き届いてるようである。
そんな訳で、ロバとラクダの両方に乗った一日は終わりを告げたのであった。
ヨルダン旅行記第4部へとつづく。
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