2007年12月27日木曜日

キャンパスのどっか

今日は火曜日と同様家で仕事をしていたが、3時ごろになって、気分転換も兼ねて大学に行って仕事をすることにした。カメラも持って。という訳で、大学のキャンパスの一画を写真に撮った。下の写真がそれである。



人影があまり見当たらないのは、まだストライキが続いているからである。

まぁ、スト事態は私には関係のないことではあるのだが。とにもかくにも、自分のオフィスに行き2時間ほど仕事をした。そのあとはプールへ。

泳ぎ終わってからサウナで汗を流す。サウナ室の椅子に座りながら、自分のお腹に恐る恐る目向ける。そこにあるのは、紛れもなく「おっさんの腹」である。10年間のアメリカ生活で体に取りついた贅肉である。これらを削ぎ落とすまで、私の戦いはつづく...。

プールの後はすぐに帰宅。今日は、6時から8時の間にクリーニング屋が来ることになっているのだ。イスラエルでは洗濯はだいたいどこの家でも洗濯機があり、自分で洗って家で干すのが通常らいしいのだ。まぁ、日本と同じ感じである。(ちなみに、アメリカは結構コインランドリーが主流なのだが。)したがって、意外とコインランドリーの数が少ないのだ。私のアパートから一番近いのでも、1キロ以上離れている。(ちなにに、アメリカでは上記の理由により、そこらじゅうにコインランドリーがある。)

そこで、私は大学の近くにあるクリニーング屋にいつも洗濯を頼んでいる。半月に一回ぐらりの割合で洗濯物を出す。デリバリーもしてくれる。値段は重さによって決まるのだが、だいたい半月分の洗濯物を洗ってもらうのに、デリバリー代込みで約1500円ぐらいになる。

そして、そのクリーニング屋が今日洗濯物を取りに来ることになっている。いつも「6時から8時」に取りに来るのだが、8時ぎりぎりに来ることが多い。だが、なんと、なんと、なんと今日にかぎって6時きっかりにやってきたのだ!!が...その時はまだ私はなんと大学のキャンパスにいた(汗)。で、携帯がなって、「今、お前の家の前まできたから、ドアを開けてくれ」って言われた...。そこで「今、外に出てて、5分後に家に戻るから待っててくれ」と切り返して、速効自転車こいで家に戻った...。

2007年12月25日火曜日

もう写真載せたから、次から別の感じのタイトルでいいや

今日は遅めの起床。大学には行かずに家で仕事をすることにした。

昼食は、昨日作った栗ごはんの残り...そう、これが一人暮らしの宿命である。一度ちゃんとした料理をすると、三日間ぐらい同じ物を食べ続ける羽目になる。

結局今日は一日中、家で仕事をした。ちょっと良いアイディアが浮かんだ気もする...気のせいかもしれないが...。

夕食は外に買いに行った。家から200メートルほどのところにある、いつもの店。ケバブと呼ばれてる食べ物を買ってきた。ちなみに、ケバブとは、ミンチにした牛肉になんかの香辛料やらなにかを混ぜたもので、こんな感じで焼いてくれる。



そして、これをピタに野菜などと一緒に入れて食べる。下の写真がその野菜で、おばちゃんが手に持ってるのがピタ。



これにデフォルトでフライドポテトが付いてきて、約430円。かなり美味しい。私も週3ぐらいのペースでこれを食べてる。

食事の後は、もうちょっと仕事して、その後は明日のヘブライ語クラスの宿題をした。

2007年12月24日月曜日

写真をのせたけど...

いつもと変わらぬ朝。昼からは先週と同様、院生のセミナーに顔を出した。昼食はその後で食べた。

そしてNadiaと研究の話をした...が、これがなんと4時間にも及んだ。あ~でもない、こ~でもないと、話ながら気がついたら4時間が過ぎてしまった。で結果は...うぅぅ...。数学の研究とはこういうことの繰り返しで少しずつ、本当に少しずつ、進んでいくものである。

もう辺りはは暗くなっていた。あああああ!今日も写真撮るの忘れた。これではいけない!いい加減イスラエルからの写真を載せなくては。でももう外は暗いし...よし、こうなったら最後の手段。自分のオフィスを撮ろう。そんな訳で、私のオフィスである。



ごめん...こんな写真しか載せられなくて...って、誰に謝ってるんだ?

ちなみに、この写真の手前にはもう一人机があり、私のオフィスメートが使っている。彼女もまた私同様に、ポスドクをしているのだが、別の大学の人と研究をしているらしく、私の大学にはあまり顔を出さない。そのため、結構オフィスを独り占めさせてもらってる。

写真を撮った後はプールへ行って一泳ぎ。その後は家に帰って夕食の支度。今日の夕食はなんと「栗ごはん」。この前スーパーで見つけた栗を使って、自分で作って食べた。

そう、栗ごはんである...。数学者たるもの、料理も出来なくては話にならない。そこで、私流の栗ごはんの作り方をここで公開する。

*栗ごはんの作り方*
【工程1】栗を買ってくる:
おそらく全工程の中で最も重要と思われるのがこの工程である。この工程をスキップしては、美味しい栗ごはんを作るのは困難である。ちなみに、これ以外の方法としては、「知人に栗を分けてもらう」方法や、「山に入って自分で取ってくる」といったような方法も考えられるが、私の経験から言えば、スーパーなどで購入するのが最も確実で安全な方法と思われる。

【工程2】栗を1日ほど水に漬けて置く:
飛ばしても構わない工程ではあるのだが、これをしないと次の工程がとんでもなく大変なものになってしまう。

【工程3】栗の皮を剥く:
全行程で最も大変なのがこれである。栗ごはん作りにおいて言わば「心臓破りの坂」である。ちなみに【工程2】をスキップすると、(そうじゃなくても大変な)この作業がとんでもないものになってしまう。とにかく、できるだけ軽くて切れる包丁をつかい、栗の皮を一個一個根気よく剥いていく必要がある。初めに栗の下の部分を切り落とし、殻をはぎ取る。そして、栗の周りにこびりついている「渋皮」を剥く。大変な作業ではあるが、ここが正念場である。好きな曲でも聞きながらやると良いだろう。ちなみに、多少の渋皮が残ってしまっても、食べたときには気にならないので、渋皮は完全に剥ききらなくても大丈夫である。

*注意*
国によっては、スーパーなどですでに皮が剥かれた栗がパックに入って売られてたりもする。このようなものを購入すれば、ここまでの全行程をスキップすることができる。しかしこれは、真の栗ごはん職人の間では「禁じ手」とされている技であるため、私は使わないことにしている。

【工程4】米を研ぐ:
普通にご飯を炊くのと同様、米を研ぐ。できれば数時間水につけて置くといっそう美味しくなるのは言うまでもないだろう。

【工程5】米と栗を混ぜる:
皮を剥いた栗と米と水を混ぜる。水の分量は普通にご飯を炊くのと同量にする。別にこれで炊いても構わないのだが、塩と醤油、そしてだしの素を入れるのが私流である。醤油の量は炊いたあと御飯がちょっと薄茶色になるぐらいが良い。あまり入れる過ぎると栗の味が死んでしまうので注意が必要である。塩の量も控え目。そして、ここに(お湯で油貫した)油揚げを刻んで入れると味が格段にアップする...が、残念ながら、イスラエルでは油揚げは入手困難なため、今回は油揚げ抜きで作った。とにかくこれらをお釜にいれよく混ぜる。

【工程6】炊飯器のスイッチを入れる:
最後の締めである。普通にご飯を炊くのと同じセッティングで炊飯器のスイッチを入れる。ここで注意しなければいけないのは、「スイッチを入れるぐらい簡単だ」などと軽い気持ちでスイッチを入れてはいけない。料理というのはその人がどれだけ真剣にその料理に取り組んだかが味に現れるのだ。「スイッチを入れるぐらい」などと馬鹿にしている人間に、美味しい栗ご飯は絶対に作れない。今までの全行程の苦労を思い出しながら、愛情を込めて炊飯器のスイッチを押すこと。そうすれば、炊飯器もそれに応えて、いつもより美味しく炊いてくれること請け合いである。

【工程7】食べる:
炊飯器が炊き上がりの合図を発信たら完成である。お好みで、ゴマ塩などを振り掛けると良いだろう。

以上が私の栗ごはんの作り方である。

2007年12月23日日曜日

ホントに写真を載せるのか?

今日は日曜。イスラエルでは日曜日が最初の平日...って、これもう何回言ったんだ?

そんな訳で、日曜恒例のエルサレム行き...って、一週間前とほとんど同じ一日だった。先週との違いと言えば、Kazhdanになんかかなりくだらない質問をしてしまったことと、今日は駅で写真すらとらなかったことぐらい...って、やっぱり今日も写真とるの忘れた...。

そういえば、天気予報によると、Beer-Shevaは先週がこの冬は寒さのピークだったらしい。今週から気温はただ上昇の一途をたどるとのこと...って、冬の寒さっつっても、日本の初秋ぐらいの感じなんだけど...。

2007年12月22日土曜日

写真をのせるぞ...?

今日は土曜日。土曜日はユダヤ教の安息日...だから?という訳でもないのだが、昼まで寝てしまった。

コーヒー、軽い昼食、シャワー、ネットをぶらぶら。その後は仕事。数学者に安息日は無いのだ!!うんでもって、夕食。そのあともちょっと数学して、明日のヘブライ語クラスの宿題をした。

あ~あ、結局今日は一日中部屋の中だった。当然、ここに載せる写真も撮らなかった。

2007年12月20日木曜日

写真をのせるぞ!(3)

朝8時起床。いつもと変わらぬ朝。コーヒー、軽い朝食、シャワー。そして大学へ。

朝はNadiaと研究の話。昼食の後は、大学を出て駅に向かった。ハイファへ行くためである。ハイファとはイスラエルの北、レバノンに程近いところにある、イスラエルで3番目に大きな町である。私の住むBeer-Shevaとはちょうどイスラエルの南と北で、イスラエルを縦断して行く感じになる。と言っても、イスラエル自体が日本の四国程度の広さしかないので、電車で2時間半程度ではあるのだが。

ハイファに行ったのは、実は仕事ではなく遊び(のようなもの)である。私の友人のZさん(日本人)が現在ハイファにあるTechnionという大学で私と同様にポスドクをやっているので、その友人に会いに行った。彼もまた数学者である。

ちなみにZさんは、私がまだUPENNで大学院生だった時に、UPENNに9か月ほどポスドクとして来ていた人で、それ以来の知り合いである。私が会った最初の数学をやっている日本人である。数学の中でも、私とはかなり異なる分野の研究をしている人ではあるのだが、UPENNの頃などは日本の数学事情などをいろいろ教えてくれた人でもある。

そして、何とも奇妙な縁であろうか。数年の時を経て、再びイスラエルで一緒になることに。

そんな訳で、ハイファ行きの電車に1時半ごろ乗った。景色はもう見飽きてるので電車の中でちょっと仕事をしたら、なんか結構はかどった。で4時ごろハイファに到着。改札でZさんと会う...ちなみにこの駅は数年前のヒズボラとの戦争の際には、ロケット砲攻撃に会い、死者もでたらしい...。

で、Zさんとハイファの町をぶらぶらと歩いた。ケーブルカー式の地下鉄にのったり、コーヒー屋でだべったりといった感じであった。初めてのハイファ観光。でも、もう結構暗かったし、雨もちょっと降ってて寒かった。そして、夕食はちょっと高め(?)に子牛のステーキを食べた。美味しかった。

9時ごろ駅に戻り、9時ちょっと過ぎの電車でハイファを後にした。ちなみにBeer-Shevaに戻るにはこれが終電である。帰りの電車の中でも仕事をした。そして、家に帰ってきたのは12時頃だった。

ああああああーーーー、写真撮るの忘れた。

2007年12月17日月曜日

写真をのせるぞ!(2)

今日は昼から二時間ほど、大学院生のセミナーに顔を出した。大学院生向けの話で、しかも代数幾何の話で、私の分野とは直接関係のない内容だったのだが、結構面白かった。

セミナーの後、Nadiaと遅めの昼食を取ることに。で、今日は「ちょっと変わったものを食べよう」と意気込み、大学から2キロほど離れたところにあるルーマニア料理のレストランに行ってきた。

このレストラン、基本的に肉料理、しかも主に牛肉料理しか出さないのだが、なんと牛の色々な場所の肉が食べられる。ちなみにいろんな場所って言っても、ロースとかヒレとかサーロインとかって意味じゃなくて、牛の色々な部分が食べられるって意味。で、今回は私は初めてだったので、まさに色々な肉を少しずつ出してもらうことにした。具体的には

牛のレバー、牛の心臓、牛の腸、牛の精巣、牛の扁桃腺、そして、牛の脳みそ

である。マジだぜ~。個人的に美味しさを不等式で表すならば、

心臓>扁桃腺>レバー>腸≒精巣>脳みそ

って感じである。ちなみに脳みそがそれほど美味しく感じなかったのは、たぶん料理方法に問題があったからのような気がする。柔らかすぎるため、焼くことができないらしく、なんかゴマみたいなのをコロモにして揚げてあったけど、いまいちあまり味がしなかった。何か別の料理法を考えればもっと美味しくなるとも思うのだが。それ以外の肉は普通のステーキのように焼いて出てきた。

ちなみに値段は肉の重さに応じて決まるようで、今回はいろんな部分を食べた上にスープとサラダも頼んだからちょっと高めで一人約3500円ぐらいになってしまった。まぁ、貴重な経験ではあったのだが。

食事の後は大学に戻ってきて、少し仕事して、その後はプールで一泳ぎして家に帰ってきた。昼食がちょっと遅めで、なおかつ結構ヘビーだったから夕食は軽く家で食べた。

2007年12月16日日曜日

写真をのせるぞ!(1)

今日は日曜日。くどいようだが、イスラエルでは日曜日が週の仕事始め。平日の初日である。

私の方は毎週日曜日恒例のKazhdanセミナーに行くべく、いつものようにエルサレムへ。朝6時半起きである...がなんと、目覚ましが鳴る5分前に自然と目が覚めた...。ううむ、私のからだに異変が起きているのだろうか。なんでこんなに朝早く自然とおきられるようになったんだ??謎である。

ところで、なにか面白い景色でもあれば写真をこのブログに載せたいと思っている。そこで今日は、デジカメを持って出かけることにした。

そして、いつもの様にNadiaと車でエルサレムへ。もう、いい加減見飽きた景色が続く。そう、見飽きた景色だから、写真は取らなかった。で、9時ちょっと前に到着。今日はセミナーが始まる前に、一時間ほどKazhdanと研究の話をした。(Kazhdanの写真を撮ってもしょうがないしな~。)その後3時間ほどセミナーがあって、そそくさとエルサレムを後にした。そして、いい加減見飽きた景色が続く...。

Nadiaは私の住むBeer-Shevaから10キロほど離れたLehavimという町に住んでいるため、いつもその町の駅まで乗せてもらい、そこからは電車でBeer-Shevaまで帰ってくることにしている。で、駅に到着するも電車が来るまで15分ほど待たなければならなかった...。

そこで思った...今がチャンスだ!!!写真をとる絶好の機会ではないか!!駅を写真に撮ろう!!そう意気込み、カバンの中からデジカメを出す。回りを見渡し、駅舎の一部を写真に収めた。しめしめ。これをブログに載せよう...................。

と、思ったら、近くにいた警備員(というか正確に言うと兵士)が近づいてきて、私に話しかけてきた。聞くところによると、駅構内での写真撮影を禁止であるため、撮った写真を削除しろとのことだった。って、マジかよ~って思ったが、大マジである。で、結局その兵士の前で、撮った写真をすべて削除するはめに。うううむむむ。恐るべしイスラエル。

結局写真を取らずに、Beer-Shevaに戻ってきた。その後は大学の自分のオフィスに戻ってきてちょっと仕事をして、早めの夕飯。その後は、これまた日曜夜恒例のヘブライ語の授業に行った。

家に帰ってきたのは9時半ごろ。あ~あ、結局今日は写真は撮れなかった....つづく。

2007年12月12日水曜日

暇つぶしの動画

ネットでこんな動画を見つけた。誰が作ったものかは知らないが、おもしろすぎる。特に私と同年代の日本人の♂には、かなり笑えると思うから、思わずブログにリンクをはってしまった。
http://www.youtube.com/watch?v=w3mpbx0wFks

2007年12月11日火曜日

プール

朝9時起床。
コーヒーに軽い朝食を食べて、朝は家でちょっと仕事をして、お昼頃に大学へ。一時間ほどNadiaと研究の話をした。その後は昼食。

昼食後、大学のプールに初めて行った。ダイエットのためである。それに、いくらか忘れたが年会費を払ったから、行かなくては損でもある。

なんか結構混んでたが、適当なレーンを見つけてとりあえずクロールで一泳ぎ。分かってはたが、やはり25メートルを泳いだら息切れである。トホホ。しばらく休んで体力が回復したらまた25メートル。それを8回繰り返した。合計200メートル。プール4往復。フゥ~。しかもこれだけやるのに約30分もかかった...ちなみに、同じレーンでは私の倍近く年をとっているであろうおばさん(おばーさん?)が休むことなく、黙々と泳いでいた...私の肉体年齢はいったい何歳なんだろうか。当面の目標は休みなく50メートルを泳ぐことである。

ちなみに、参考になるかどうかは知らないが、岩崎恭子は14歳のとき200メートルを2分26秒25で泳いだらいしい。しかも平泳ぎで。単純に計算して、今回の私は14歳の恭子ちゃんの約12倍ちょっとかかったことになる。って、何の参考になるのかはしらんが。次回はどこまで恭子ちゃんに近づけるのだろうか...。

プールのあとは、早めに帰宅。家で仕事をし、夕食を食べた。ちなみに、夕食は手作りの親子丼と、この前日本から持って帰ってきた味噌で作った味噌汁を食べた。日本から帰ってきて初の日本食である。

2007年12月7日金曜日

帰国中の出来事(思い出し日記)

12月1日、天気晴れ...だったかな~。

この日は大学時代の友人S君とT君に会った。二人とも日本が世界に誇る大企業でバリバリ働くエンジニアである。この日はとりあえず昼にラーメンと呼ばれる日本ではかなりポピュラーな食べ物を食べることにした。T君の勧めで、新座駅に11時に待ち合わせることに、って、何で昼にラーメン食うのに11時なのかと疑問に思ったが、とにかく11時である。で、私は11時ちょっと前に駅に着いたが、まだ二人は来てないようである。近くの本屋でちょっと時間を潰して、また駅に戻るとT君が改札じゃない方向から登場。聞くところによると、早くつきすぎたから、パチンコと呼ばれる、これまた日本ではかなりポピュラーな遊技に熱中していたらしい。その後、しばらくしてS君も到着。いざ、ラーメン屋へ出陣する。

駅から少し歩いたところにそれはあった。「ぜんや」と呼ばれているこの辺では結構有名な店である。11時半開店であるが、もうすでにかなりの行列ができていた。「11時に待ち合わせ」の意味が明らかになった瞬間である。そんなこんなで、約1時間ほど並んでやっとラーメンにあり付けた。ちょっと堅めの麺にさっぱりした塩味である。ちなみにこんな感じ。



普通もりだと、ちょっと量が少ない感じもしたが、美味しかった。やはり、日本に帰った時の楽しみの一つはラーメンだなぁ、とつくづく思った。

ラーメンの後は、近くのボーリング場でボーリング。2ゲームほどやったが、やはり歳を感じる...スコアーは...ううむ、思い出せん。そのあと、ボーリング場と同じ建物にあったゲーセンへ。前回同様「アミー魚」に熱中。(ちなみに、アミー魚シリーズはこれ以外にも「toアミー魚」があり、どうやら前回は「toアミー魚」で今回は「アミー魚」だったようである。)3人とも年齢も忘れ「メダルクラゲ」に大はしゃぎであった。

あっという間に時間が過ぎ、7時近くに。ゲーセンを後にし、バスで清瀬駅へ。私は夕食を家族と食べる予定であったので、いったん二人と別れる。で、二人は焼肉と呼ばれる日本ではかなりポピュラーな食べ物を食べることに。で、私の方は家族とともに安楽亭へ、って偶然にも焼肉である。夕食の後は、再び二人と合流。ジョナサンで終電近くまでだべってた...

こうして、師走の第一日目は終わりを告げるのであった

2007年12月4日火曜日

ただいま~

昨日の夕方、日本から帰ってきた。でも、乗る予定だった飛行機が欠航になってしまって他の便に回された。おかげで予定よりも12時間遅れてイスラエルに到着した。ヘトヘト。日本では最初は研究集会に出席して、次の週は実家で一週間ほどの冬休み(のようなもの)を過ごした。

今は、朝の8時半だけど、時差ボケはあまりないようだ。