今日は日曜日。くどいようだが、イスラエルでは日曜日が週の仕事始め。平日の初日である。
私の方は毎週日曜日恒例のKazhdanセミナーに行くべく、いつものようにエルサレムへ。朝6時半起きである...がなんと、目覚ましが鳴る5分前に自然と目が覚めた...。ううむ、私のからだに異変が起きているのだろうか。なんでこんなに朝早く自然とおきられるようになったんだ??謎である。
ところで、なにか面白い景色でもあれば写真をこのブログに載せたいと思っている。そこで今日は、デジカメを持って出かけることにした。
そして、いつもの様にNadiaと車でエルサレムへ。もう、いい加減見飽きた景色が続く。そう、見飽きた景色だから、写真は取らなかった。で、9時ちょっと前に到着。今日はセミナーが始まる前に、一時間ほどKazhdanと研究の話をした。(Kazhdanの写真を撮ってもしょうがないしな~。)その後3時間ほどセミナーがあって、そそくさとエルサレムを後にした。そして、いい加減見飽きた景色が続く...。
Nadiaは私の住むBeer-Shevaから10キロほど離れたLehavimという町に住んでいるため、いつもその町の駅まで乗せてもらい、そこからは電車でBeer-Shevaまで帰ってくることにしている。で、駅に到着するも電車が来るまで15分ほど待たなければならなかった...。
そこで思った...今がチャンスだ!!!写真をとる絶好の機会ではないか!!駅を写真に撮ろう!!そう意気込み、カバンの中からデジカメを出す。回りを見渡し、駅舎の一部を写真に収めた。しめしめ。これをブログに載せよう...................。
と、思ったら、近くにいた警備員(というか正確に言うと兵士)が近づいてきて、私に話しかけてきた。聞くところによると、駅構内での写真撮影を禁止であるため、撮った写真を削除しろとのことだった。って、マジかよ~って思ったが、大マジである。で、結局その兵士の前で、撮った写真をすべて削除するはめに。うううむむむ。恐るべしイスラエル。
結局写真を取らずに、Beer-Shevaに戻ってきた。その後は大学の自分のオフィスに戻ってきてちょっと仕事をして、早めの夕飯。その後は、これまた日曜夜恒例のヘブライ語の授業に行った。
家に帰ってきたのは9時半ごろ。あ~あ、結局今日は写真は撮れなかった....つづく。
数学者のブログ。数年前にアメリカから日本に帰国。数学者というあまり馴染みのない職業がどんなものなのか、ちょっとは分かるかも。あまり読者のことは考えずに書いているので、その点ご注意を。
2007年12月16日日曜日
2007年12月12日水曜日
暇つぶしの動画
ネットでこんな動画を見つけた。誰が作ったものかは知らないが、おもしろすぎる。特に私と同年代の日本人の♂には、かなり笑えると思うから、思わずブログにリンクをはってしまった。
http://www.youtube.com/watch?v=w3mpbx0wFks
http://www.youtube.com/watch?v=w3mpbx0wFks
2007年12月11日火曜日
プール
朝9時起床。
コーヒーに軽い朝食を食べて、朝は家でちょっと仕事をして、お昼頃に大学へ。一時間ほどNadiaと研究の話をした。その後は昼食。
昼食後、大学のプールに初めて行った。ダイエットのためである。それに、いくらか忘れたが年会費を払ったから、行かなくては損でもある。
なんか結構混んでたが、適当なレーンを見つけてとりあえずクロールで一泳ぎ。分かってはたが、やはり25メートルを泳いだら息切れである。トホホ。しばらく休んで体力が回復したらまた25メートル。それを8回繰り返した。合計200メートル。プール4往復。フゥ~。しかもこれだけやるのに約30分もかかった...ちなみに、同じレーンでは私の倍近く年をとっているであろうおばさん(おばーさん?)が休むことなく、黙々と泳いでいた...私の肉体年齢はいったい何歳なんだろうか。当面の目標は休みなく50メートルを泳ぐことである。
ちなみに、参考になるかどうかは知らないが、岩崎恭子は14歳のとき200メートルを2分26秒25で泳いだらいしい。しかも平泳ぎで。単純に計算して、今回の私は14歳の恭子ちゃんの約12倍ちょっとかかったことになる。って、何の参考になるのかはしらんが。次回はどこまで恭子ちゃんに近づけるのだろうか...。
プールのあとは、早めに帰宅。家で仕事をし、夕食を食べた。ちなみに、夕食は手作りの親子丼と、この前日本から持って帰ってきた味噌で作った味噌汁を食べた。日本から帰ってきて初の日本食である。
コーヒーに軽い朝食を食べて、朝は家でちょっと仕事をして、お昼頃に大学へ。一時間ほどNadiaと研究の話をした。その後は昼食。
昼食後、大学のプールに初めて行った。ダイエットのためである。それに、いくらか忘れたが年会費を払ったから、行かなくては損でもある。
なんか結構混んでたが、適当なレーンを見つけてとりあえずクロールで一泳ぎ。分かってはたが、やはり25メートルを泳いだら息切れである。トホホ。しばらく休んで体力が回復したらまた25メートル。それを8回繰り返した。合計200メートル。プール4往復。フゥ~。しかもこれだけやるのに約30分もかかった...ちなみに、同じレーンでは私の倍近く年をとっているであろうおばさん(おばーさん?)が休むことなく、黙々と泳いでいた...私の肉体年齢はいったい何歳なんだろうか。当面の目標は休みなく50メートルを泳ぐことである。
ちなみに、参考になるかどうかは知らないが、岩崎恭子は14歳のとき200メートルを2分26秒25で泳いだらいしい。しかも平泳ぎで。単純に計算して、今回の私は14歳の恭子ちゃんの約12倍ちょっとかかったことになる。って、何の参考になるのかはしらんが。次回はどこまで恭子ちゃんに近づけるのだろうか...。
プールのあとは、早めに帰宅。家で仕事をし、夕食を食べた。ちなみに、夕食は手作りの親子丼と、この前日本から持って帰ってきた味噌で作った味噌汁を食べた。日本から帰ってきて初の日本食である。
2007年12月7日金曜日
帰国中の出来事(思い出し日記)
12月1日、天気晴れ...だったかな~。
この日は大学時代の友人S君とT君に会った。二人とも日本が世界に誇る大企業でバリバリ働くエンジニアである。この日はとりあえず昼にラーメンと呼ばれる日本ではかなりポピュラーな食べ物を食べることにした。T君の勧めで、新座駅に11時に待ち合わせることに、って、何で昼にラーメン食うのに11時なのかと疑問に思ったが、とにかく11時である。で、私は11時ちょっと前に駅に着いたが、まだ二人は来てないようである。近くの本屋でちょっと時間を潰して、また駅に戻るとT君が改札じゃない方向から登場。聞くところによると、早くつきすぎたから、パチンコと呼ばれる、これまた日本ではかなりポピュラーな遊技に熱中していたらしい。その後、しばらくしてS君も到着。いざ、ラーメン屋へ出陣する。
駅から少し歩いたところにそれはあった。「ぜんや」と呼ばれているこの辺では結構有名な店である。11時半開店であるが、もうすでにかなりの行列ができていた。「11時に待ち合わせ」の意味が明らかになった瞬間である。そんなこんなで、約1時間ほど並んでやっとラーメンにあり付けた。ちょっと堅めの麺にさっぱりした塩味である。ちなみにこんな感じ。
この日は大学時代の友人S君とT君に会った。二人とも日本が世界に誇る大企業でバリバリ働くエンジニアである。この日はとりあえず昼にラーメンと呼ばれる日本ではかなりポピュラーな食べ物を食べることにした。T君の勧めで、新座駅に11時に待ち合わせることに、って、何で昼にラーメン食うのに11時なのかと疑問に思ったが、とにかく11時である。で、私は11時ちょっと前に駅に着いたが、まだ二人は来てないようである。近くの本屋でちょっと時間を潰して、また駅に戻るとT君が改札じゃない方向から登場。聞くところによると、早くつきすぎたから、パチンコと呼ばれる、これまた日本ではかなりポピュラーな遊技に熱中していたらしい。その後、しばらくしてS君も到着。いざ、ラーメン屋へ出陣する。
駅から少し歩いたところにそれはあった。「ぜんや」と呼ばれているこの辺では結構有名な店である。11時半開店であるが、もうすでにかなりの行列ができていた。「11時に待ち合わせ」の意味が明らかになった瞬間である。そんなこんなで、約1時間ほど並んでやっとラーメンにあり付けた。ちょっと堅めの麺にさっぱりした塩味である。ちなみにこんな感じ。

普通もりだと、ちょっと量が少ない感じもしたが、美味しかった。やはり、日本に帰った時の楽しみの一つはラーメンだなぁ、とつくづく思った。
ラーメンの後は、近くのボーリング場でボーリング。2ゲームほどやったが、やはり歳を感じる...スコアーは...ううむ、思い出せん。そのあと、ボーリング場と同じ建物にあったゲーセンへ。前回同様「アミー魚」に熱中。(ちなみに、アミー魚シリーズはこれ以外にも「toアミー魚」があり、どうやら前回は「toアミー魚」で今回は「アミー魚」だったようである。)3人とも年齢も忘れ「メダルクラゲ」に大はしゃぎであった。
あっという間に時間が過ぎ、7時近くに。ゲーセンを後にし、バスで清瀬駅へ。私は夕食を家族と食べる予定であったので、いったん二人と別れる。で、二人は焼肉と呼ばれる日本ではかなりポピュラーな食べ物を食べることに。で、私の方は家族とともに安楽亭へ、って偶然にも焼肉である。夕食の後は、再び二人と合流。ジョナサンで終電近くまでだべってた...
こうして、師走の第一日目は終わりを告げるのであった
2007年12月4日火曜日
ただいま~
昨日の夕方、日本から帰ってきた。でも、乗る予定だった飛行機が欠航になってしまって他の便に回された。おかげで予定よりも12時間遅れてイスラエルに到着した。ヘトヘト。日本では最初は研究集会に出席して、次の週は実家で一週間ほどの冬休み(のようなもの)を過ごした。
今は、朝の8時半だけど、時差ボケはあまりないようだ。
今は、朝の8時半だけど、時差ボケはあまりないようだ。
2007年11月9日金曜日
ヘブライ語講座
イスラエルの公用語はヘブライ語である。しかし、イスラエルというのは基本的に移民の国である上、大学での研究の場においては英語が使われるため、私のようにヘブライ語を全く理解しない人はそこそこいる。そんな人達のために、私の大学では、ヘブライ語の授業を開いてくれるのである。まぁ、アメリカの大学にあるESLみたいなものである。
そして、私もそんなヘブライ語のクラスを最近受け始めた。(ちなみに、大学はいまだにストの真っ最中だが、この授業は正規の授業ではないため、通常通り行われている。)授業は毎週日曜日と水曜日の午後6時から9時まで行われ、レベルごとに6段階のクラスがある。私は当然、一番下のクラスを受けている。なんか、6時から9時までって、日本の塾や予備校を思い出すが、時間的にちょっと中途半端な感じがしてしまう。って、ようするに夕飯をいつ食べればいいのかいまいち、タイミングが難しい...
ちなみに、当然ただではなく、一学期間で約12000円ぐらいの授業料を払う必要がある。そして、宿題とかも出される。
といっても、大学の中はもちろん、町中でも結構英語が通じるので、ヘブライ語が全く分からなくても特に大きな不自由はないので、別にヘブライ語なんか勉強しなくても構わないと言えば、そうなのだが、せっかくイスラエルに来たから、できるだけヘブライ語を学んでみようと思う。そんなわけで、今日もこれから、ヘブライ語クラスの宿題に取り掛かるところである。
そして、私もそんなヘブライ語のクラスを最近受け始めた。(ちなみに、大学はいまだにストの真っ最中だが、この授業は正規の授業ではないため、通常通り行われている。)授業は毎週日曜日と水曜日の午後6時から9時まで行われ、レベルごとに6段階のクラスがある。私は当然、一番下のクラスを受けている。なんか、6時から9時までって、日本の塾や予備校を思い出すが、時間的にちょっと中途半端な感じがしてしまう。って、ようするに夕飯をいつ食べればいいのかいまいち、タイミングが難しい...
ちなみに、当然ただではなく、一学期間で約12000円ぐらいの授業料を払う必要がある。そして、宿題とかも出される。
といっても、大学の中はもちろん、町中でも結構英語が通じるので、ヘブライ語が全く分からなくても特に大きな不自由はないので、別にヘブライ語なんか勉強しなくても構わないと言えば、そうなのだが、せっかくイスラエルに来たから、できるだけヘブライ語を学んでみようと思う。そんなわけで、今日もこれから、ヘブライ語クラスの宿題に取り掛かるところである。
2007年11月2日金曜日
昨日もエルサレムへ
またまた、昨日の日記である。
日曜と同様、昨日もエルサレムへ行ってきた。前回あまり時間がなかったので、再びKazhdanと研究の話をするためである。そんな訳で、またまた6時半起き。
バスでNadiaの住む町へ行き、それからはNadiaの車で約1時間半のドライブ。なんかもう見飽きた感じもする砂漠の景色が続く。と、そんな折、突然Nadiaが車を止めて、道端にいた見知らぬ二人を車に乗せた。なんと彼らは、ヒッチハイカーである。ヒッチハイクと言えば、猿岩石を嫌でも思い出してしまうが、イスラエルではヒッチハイクは一般的な「交通手段」らしいのだ。Nadiaも高校時代などはよくヒッチハイクで学校に通ったらしく、いまでもヒッチハイカーを見つければ出来るだけ乗せてあげるようにするらしい。
そんなこんなで、途中一人のヒッチハイカーを降ろし、もう一人目はエルサレムで降ろした。そして、ヘブライ大学到着。
今回はKazhdanに加えてErezも交えて合計4人で、中庭(?)のような場所にある丸いテーブルに座り、2時間ほど数学の話をした。そのあと昼食をとって、今度はNadiaと二人で1時間ほど、午前中に話した内容をもう少し吟味した。そして、帰宅の途に。途中またヒッチハイカーを3人ほど拾った。ちなみにNadiaの車は8人乗りぐらいのバンであるため、たくさん人を乗せられる。で、Beer-Shevaに帰ってきたのは5時ごろだった。もう、外はかなり暗い。大学のカフェテリアで、ちょっと早めの夕食を食べ、家に帰った。なんか結構疲れた。
日曜と同様、昨日もエルサレムへ行ってきた。前回あまり時間がなかったので、再びKazhdanと研究の話をするためである。そんな訳で、またまた6時半起き。
バスでNadiaの住む町へ行き、それからはNadiaの車で約1時間半のドライブ。なんかもう見飽きた感じもする砂漠の景色が続く。と、そんな折、突然Nadiaが車を止めて、道端にいた見知らぬ二人を車に乗せた。なんと彼らは、ヒッチハイカーである。ヒッチハイクと言えば、猿岩石を嫌でも思い出してしまうが、イスラエルではヒッチハイクは一般的な「交通手段」らしいのだ。Nadiaも高校時代などはよくヒッチハイクで学校に通ったらしく、いまでもヒッチハイカーを見つければ出来るだけ乗せてあげるようにするらしい。
そんなこんなで、途中一人のヒッチハイカーを降ろし、もう一人目はエルサレムで降ろした。そして、ヘブライ大学到着。
今回はKazhdanに加えてErezも交えて合計4人で、中庭(?)のような場所にある丸いテーブルに座り、2時間ほど数学の話をした。そのあと昼食をとって、今度はNadiaと二人で1時間ほど、午前中に話した内容をもう少し吟味した。そして、帰宅の途に。途中またヒッチハイカーを3人ほど拾った。ちなみにNadiaの車は8人乗りぐらいのバンであるため、たくさん人を乗せられる。で、Beer-Shevaに帰ってきたのは5時ごろだった。もう、外はかなり暗い。大学のカフェテリアで、ちょっと早めの夕食を食べ、家に帰った。なんか結構疲れた。
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