2012年2月11日土曜日

日米大学比較〜専攻することと所属すること

久しぶりに日米大学比較シリーズ。

前回からは、日米の制度的な違いに焦点をあてるよりも、しばらくは学生の視点から日米の違いについて書いていくことにした。

で、今回は「専攻することと所属すること」というのがテーマ。

何度も書いているが、日本では基本的に大学入学前の入試の時点で専攻分野を決定する必要があり、入学後も基本的には専門分野の変更が極めて困難なのはもちろん、自分の所属する学部学科以外の授業を履修することすら不可能に近い場合が多い。

それに対してアメリカでは専攻科目は別に入学する前に決める必要もなく、一度決定してもその後変更も可能。さらには授業の履修もPrerequisite制により自分の専門分野に関係のない授業の履修も問題なく可能な制度になっている。(参照記事1参照記事2

このような制度上の違いは学生の「専攻意識」とでも呼べるものに大きな違いをもたらしていると私は考えている。

とうのも、上記のような理由から日本においては「学科への所属意識」のようなものが極めて強くなる。

私は日本の大学にいたときは工学部機械工学科だったのだが、全てがこの「機械科」という枠のなかで行われたため常に「工学部機械工学科に所属する学生」という意識をある意味強要されていた感じがあった。じっさい「機械科の学生」という言葉は何度も耳にしたことがある。あくまでも「機械工学を専攻する学生」なのではなく「機械工学科に所属する学生」とう意識である。

それに対してアメリカでは、学部レベルではあくまでも所属は自分の「大学」であり、学部や学科に「所属する」という意識はほとんど感じられないように思える。(もちろん大学院となると話は別であるが。)

それもそのはずで、基本的には各専攻分野の定める授業を履修し必要な単位をとれば、その分野の学位がもらえるというシステムになっているからだ。そのため、日本にあるような「○○学部××学科在籍」的な感覚はほとんどなくなる。

そしてこの事は言葉の上にも現れているように思える。

例えば日本では(というか日本語では)「工学部機械工学科卒業」という表現には何の違和感も感じられない。履歴書にも「●●大学○○学部××学科卒業」という書き方をすることには何の問題も無いが、仮に「●●大学で××を専攻」見たいな事をかいたりしたら、妙な違和感を感じる。そして「卒業」とはあくまでも「所属する学科を卒業」することなのである。


それに対しアメリカで、例えばPurdue大学で数学を専攻した人が、

"I graduated from the department of mathematics at Purdue University."

みたいな事を言ったとしたら、なんか不自然な表現に思える。別に文法的に問題があるという分けでもないのだが、妙な違和感を感じるのだ。もし同じような内容を事を言いたければ

"I majored in mathematics at Purdue University."

といったところであろうか。あくまでも、所属した学部や学科を卒業するのではなく"major in"なのである。

あえて「卒業(graduate)」という言葉を使いたいのであれば

"I graduated from Purdue University with a bachelor's degree in mathematics."

といった感じになるだろう。つまり、卒業するのはPurdue大学であり、そこで数学の学位をとったといった感覚になる。

履歴書に書く場合であっても

B.S. in mathematics, Purdue University

みたいな書き方が一般的になる。そこには「所属学科」のようなものは感じられないのである。


これらのことは、表面的な言葉の違いだけではなく、日米の大学制度の差がもたらす「専攻することと所属すること」に関する感覚の差を色濃く反映しているように思えるのだ。日本は「所属」でありアメリカは"major in"である。


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