2010年2月17日水曜日

私の見てきた「数学者への道」を目指した人達

「数学者への道」シリーズ....って、いつシリーズ化したの?

まぁ、とにかくこの前「数学者への道」の一般論を書いたけど、今回は指向を変えて、私が今までに見てきた「数学者への道」を目指した人達の中から、興味深い(と私が思ってる)実例をいくつか紹介することにする。


友人A:

彼はアメリカ東海岸にある某名門私立大学(学部)を主席で卒業した。その間、学部生がその大学でもらえるであろう、ありとあらゆる賞や奨学金を総なめにし、数学コンテストの類でも全米トップレベルの成績を収めた。

大学院はどこの大学院にも入れたのだが、その時彼が興味のあった分野ではトップレベルのUCバークレーの大学院に進んだ。

当然のように、数学では毎年せいぜい全米で30人ぐらいしかゲットできないNFSの奨学金を携えて。

ちなみに、私が彼と知り合ったのはこのバークレーでのこと。(私はその昔バークレーに聴講生のようなものとして、もぐってた?ことがある。)

彼と知り合ったころ、私自信ははまだ「数学者への道」を目指す決心をしていなかったため、彼に会った時は「数学の世界にはすごい人達がいるんだなぁ~」ぐらいのある種の「客観的」な気持ちしかもっていなかった。

そんな、誰もがその将来を楽しみにするようなAではあったが、その後、なぜか失速。結局、7年間をかけてやっと、それほどでもない博士論文を書いて、なんとかPh.Dを取得したものの、アカデミアに残ることはせず、現在ではバージニア州にある小さな町で、プログラマーとして、ひっそりと暮らしている。



友人B:

彼は、私と同じ年にUpennの大学院に入ってきた、いわば「同期生」であった。某国からの留学生であったのだが、その年一緒に大学院に入学した人達の中では、誰もが認める「Best Student」であった。

「マジで、このBって、天才じゃねぇーのか?」って思ったこともあるほどの優秀さであった。

が、そんな彼が、大学院一年目で、多少のホームシックもあり、「数学的にはB自身の国の大学院でもそれほど変わらない」といったような事を言って、自国に帰りPh.Dを目指す。しかし、その後7年間の歳月を費やし、Ph.Dすら取れずに、最近、「数学者への道」を去って行った。


知人C:

彼は、私の友人というほど親しい中では無いので、ここでは「知人」としておくが、このCはアメリカ東海岸にある超一流大学(ようするにHarvardかPrinceton)で、歴史に名を残すような数学者の指導のもとPh.Dを取得した。

博士論文の結果も素晴らしく、数学では3本指に入るトップジャーナル(ようするに、AnnalsInventionesJAMS)に出版された。

当然のように、某名門大学でポスドクのポジションを得た。

が、そこで、なぜか失速。博士論文がいわば「貯金」のような働きをして、一応某大学でTenure Trackのポジションを得るも、ここ5年近く、まともな論文は一本も書いていない。

最近、人から伝え聞いたところによると、C本人にも分からないスランプに陥ってしまっているらしい。



という訳で3例を見てみたが、こういう人達とはある意味、対照的な人達もいる。


友人D:

彼は、私とUpennでの同期生なのだが、大学院時代、成績が振るわず、二回しか受けるチャンスのない関門試験に一回落ちて、二回目でもぎりぎりパスした。

その成績不振ぶりから、学科から退学勧告に近いようなものを受けたぐらいである。

が、それでも何とか博士論文を仕上げ、私と同じ年にPh.Dを取得。その後某大学でポスドクのポジションを得ることに成功。そして、その間、そこそこの論文をいくつか仕上げ、現在では一流とまでは言わないまでもそこそこ名の知れた大学でTenure TrackのAssistant Professorをやっている。

ちなみに、私と大学院同期では、今のところ彼が出世頭である。



知人E:

彼は多少私よりは年配の人物なのだが、名門シカゴ大学でPh.Dを取得する。しかし、その後ポスドクとしてのポジションを一切得ることができず、結局実家に帰り両親と暮らすことに。

しかし、その間も研究の手を緩めることなく、いくつかの論文を「無所属のフリー数学者」として発表。

その業績が認められ、アカデミアに復帰し、現在では某大学でAssociate Professorをやっている。



そして、最後にちょっとおまけの例

友人の友人P:

このPには私は一度しか会ったことが無いのだが、私の友人の一人はPとは昔からの知り合いである。彼は、世紀の難問ポアンカレ予想を解決し、その業績により4年前のICMではフィールズ賞に選出される。しかし、その受賞を拒否し、数学者の世界に愛想をつかした、といったような事を言い、数学の世界を去り、現在ではロシアの実家で引きこもりニートのような生活を送っているらしい.........。



総論:

最後のPさんは完全におまけではわるが、これらの例を見て、私が思うこと。それは、数学者のレースって、半永久的に続く超長距離マラソンのようなもので、ある時、他を圧倒するような走りを見せた人が、そのままのペースで走り続けるとも限らず、また逆に、遥か後方に取り残されていたような人が、いつの間にか順位を上げてくることだってある。

そんな「数学者への道」を走りぬくためのコツは?

そんなものがあるなら、私が知りたい、ってのが本音だが、個人的にはあまり周りを気にせずに、マイペースで走り続けるのが、自分には合っている気がする。



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12 件のコメント:

Lilac さんのコメント...

前からたびたびブログを読ませていただいていたのですが、このエントリは中々感じ入るものがあり、コメントさせていただきました。
人生、どの職業も長距離走で、どのように出るか分からないものですね。

謎の数学者 さんのコメント...

Lilacさん、コメントありがとうございます。確かに、どんなキャリアでも同様の事が言えるかもしれませんね。

Yoshi さんのコメント...

先程、一般論の方にコメントを書いてからこちらを読んだんですが、アカデミアの難しさをつくづく感じました。私は日本の大学院に行きましたが、その頃の友人のその後を考えると本当に色々で、複雑な気持ちになります。才能があるのに早死にした人、教室では素晴らしいのに、論文を書けなくて失敗した人、そして、もちろんポストを得られずに薄給の非常勤講師で苦労し続けている人・・・、アカデミアから消えていった人・・・。私も引退後の大学院生ですが、その前は日本のアカデミアにいて、かなり挫折も多いまだらの人生です。

謎の数学者 さんのコメント...

Yoshiさん、再びコメントありがとうございます。

確かに、日本でもアメリカでもアカデミアに残るのは大変のことですよね。

ただ、日本とアメリカの大きな違いは、アカデミアから溢れた人達の受け皿の大きさにあると思います。

これは、また別の機会にでも書こうと思っているのですが、アメリカではアカデミアに残れなくても、その後の選択肢がかなり多くあるように思います。

日本の大学教員です さんのコメント...

こんにちは,偶然このブログにたどりつきました.

私の知っている興味深い(と思う)数学者の例もあげます.といっても伝聞なので,どのくらい正しいかわかりませんが.

Xさん:

Xさんは,名門大学院でPh. Dを取得後,アメリカ政府機関に(10年位?)勤める.しかし,家庭の事情から,機関をやめなくてはならない状況になり,その頃から驚異的なペースで論文を生産する.トップ3のジャーナルにも,複数の論文をのせ,名門大学のAssociate Professorの職を得る.

私,謎の数学者さんにも一度お会いした気がします.でも恥ずかしいので,どこでお会いしたかは書かないですけれども.

謎の数学者 さんのコメント...

日本の大学教員ですさん。コメントありがとうございます。

私に会ったことがある?日本で大学教員をしている方で私に会ったことがある人なんて、かなり限定されてしまうのですが、どなたですかねぇ~?

Kyo さんのコメント...

いつもブログ読ませていただいています。

私は分野は違いますが、UPennでまさに今PhDコースに通っています。同期でほんと優秀な人は優秀で、3年目にして相変わらず挫折感を味わうことも多いですが、いろんな経路で成功していく人はいるんですね。ちょっと元気づけられました~。

謎の数学者 さんのコメント...

Kyoさん、コメントありがとうございます。

大学院の方は大変だと思いますが、頑張って成功を手に入れてくださいね。

math_diaspora さんのコメント...

先生のこのブログを拝見しまして大変感銘を受けました。
是非アドバイスを頂きたいのですが、私は学部で理学部数学科だったのですが、
数学に集中することと実社会に適応した行動をするということが残念ながらうまく
両立できず、方向転換をし、現在、経営学や経済学などの学際領域の研究者
になりました。しかし、どうしても数学をつかった論文を書くことが不可避であるという
思いがこの半年ほど強くなり、恐る恐る数学の勉強を再開しました。
今でも、数学に集中すると、ある意味で頭の中のスイッチが「数学」の方に
入ってしまい、人と接するときに円滑に付き合いをする「接客」の方に
頭のスイッチを切り替えるのに半日はかかってしまいます。
そうして、いったん「接客」の方に頭のスイッチが入ると、「数学」の
方にスイッチを切り替えるのに今度は最低でも1日位はかかってしまします。

先生は多くの数学者や数学者を目指す人たちを見てきていらっしゃるようです。
上記の点につきまして、日常生活を円滑に送るのと数学の研究を両立させる
には何を心がければよいのでしょうか?

誠にぶしつけな質問をしまして誠に恐縮ではございますが、
お答え頂ければまことに幸甚にぞんじます。

日本の無名私立大の教員より

謎の数学者 さんのコメント...

math_diasporaさん、質問ありがとうございます。
私自身はこの辺のことはあまり気にかけたことがないため、質問にお答えするのは難しいように思います。ただ、このようなことはあまり考えすぎないようにするもの良いのではないでしょうか?

math_diaspora さんのコメント...

突然の不躾な質問に対し、コメントを頂き誠にありがとうございました。

謎の数学者 さんのコメント...

math_diasporaさん
いえいえ。あまり気にせずにご質問があればいつでもしてください。