2008年5月24日土曜日

ヨルダン旅行記その3~ぺトラ

ヨルダン二日目。朝8時ぐらいに起床。ホテルで軽い朝食を食べたあと、いざぺトラへ。入り口で入場料を払い公園内へ入る。1キロほど、くねくねした崖の中を歩く。こんな感じ。




さらに、こんな感じ。



そして、さらに続く。ゴールは近い。



そしてこの先に登場したのが、これ。



しかし、ぺトラは新世界7不思議に認定されて以来、観光客が急増したらしく、人がウジャウジャいる。こんな感じで、ウジャウジャ。



で、似たような感じの建物、って言うか岩に彫られた神殿(?)みたいのがいくつかあって、2キロほど歩いたところに、昼飯が食べられる場所があった。確か11時半ぐらいだったけど、早めの昼食。

そして、その先はひたすら上り坂とのころ。そこで、地元の人たちが商売にしているのが自称「Taxi(タクシー)」。歩くよりはタクシーの方が楽とのことで、700円ぐらいでタクシーに乗ることに。

そう、これがそのタクシー!!



























いわずと知れたロバである!!

このタクシーことロバ君に揺られること30分ぐらい。頂上に到着。景色はこんな感じ。



さらに、もう少し上に上るとこんな景色。



ちなみに、頂上付近にもこんなのがある。



頂上付近には、御茶屋とかもあって、ここでしばらくくつろいだ。そして、夕方近くに下山。山を降りたころは結構疲れたが、ここから入り口まではまだ数キロの道のり。結構疲れてたので、1500円ぐらいだして、別のタクシーを捉まえた。

これがそれ!!









































































心の準備はいいか?
























































こんな感じ。



驚いたか!!!!?

齢33にして初めての乗ラクダである。

このラクダに揺られ、数キロの道のりをとぼとぼと帰っていった。入り口付近に着いたときには、もう辺りは暗かった。

でも、もう一回ラクダと一緒に記念撮影。



ちなみに、ここに写ってる小さい子供がなんとラクダの先導役。日本だったら小学校低学年ぐらいなんだろうけど、きっと学校なんか行ってないんだろうなぁ~、などと考えたりもした。ちなみに、最後にはきちんとチップを請求された...こういう教育をよく行き届いてるようである。

そんな訳で、ロバとラクダの両方に乗った一日は終わりを告げたのであった。

ヨルダン旅行記第4部へとつづく。

2008年5月10日土曜日

ヨルダン旅行記その2~夕飯

ホテルにチェックインして、昼寝。
起きたら、もう夕方。とりあえずこの日は、ぺトラに入り口まで行った。ホテルからぺトラまでは一キロぐらい。入り口にあるビジターセンターで情報収集。中に入るのは次の日からにすることにした。

で、夕食。近くにあったヨルダン料理レストランでこんな感じのを食べた。



ちなみに、外の風景はこんな感じ。



食事の後はホテルにもどり、眠りについた。結局この日は、移動と昼ねで終わった感じがしなくもない。

2008年5月2日金曜日

ヨルダン旅行記

先週は、Passoverでスラエルは休日モード。大学も休み。お店もまばらにしかやってなかった。そこで、友人のPrasad(インド人のポスドク)とともに、イスラエルから脱出することにした。いった先はヨルダン。イスラエルに隣接する国の一つである。

出発の日(4月17日、金曜日)
なんと朝一時半のバスで、まずはじめにヨルダンとイスラエルの国境を目指す。国が接しているからといって、どっからでもヨルダンに入れる訳ではない。あたりまえだが。検問のある場所はに行くため、私の住むBeer-Shevaからバスで4時間近くのところにあるイスラエル最南端、Eilatへ。ついたのは、朝の6時前。かなり眠い。

Eiltaは紅海に面するちょっとした観光スポット。生まれて初めて紅海を見た。でも、そんなことよりも、ただただ眠かった。

が、な、なんと、旅を企画したPrasadの勘違い(?)でこの日は国境の検問は8時まで閉まっているらしい。そんな訳で約二時間、ここで時間をつぶす。っていうか、バスターミナルのベンチで仮眠を取った。

8時ごろ、タクシーに10分ぐらい乗り、国境検問を目指す。これが国境の入り口。



で、これが国境付近から眺めたEilatの町。



ちなみに、日本人であればヨルダンの旅行での入国はビザなしで可能。ところが、これは日本人であればの話。友人のPrasadはインド人。インド人の場合はあらかじめビザを修得しておく必要があり、彼は今回の旅に備えて、あらかじめイスラエルにあるヨルダン大使館でビザを修得したのだった。さらに、彼の場合は入国の際にも、小型カメラでの写真撮影があったりと結構めんどくさい。

ところが、私の場合、入国審査官にパスポートを見せると、"Oh, Japan Passport!"と言われたかと思うと、写真撮影もなく、簡単にスタンプが押されてあっさりスルーできた。

ううむ、Japan Passportの偉大さを知った。

とにかく無事ヨルダンへ入国。そこからまたタクシーで近くの町、Aqabahへ。ここからバスに乗り、目的地は新・世界七不思議の一つ、ぺトラ!!

そんなわけで、ぺトラ行きのバスに乗り込む。でも、なかなかバスが出発しないから、いつ出発するのか聞いてみたら、なっ、なんと、バスが満員になりしだい出発するとのこと。なんていい加減な。

どのくらい待ったか忘れてしまったが、しばらくしてバスが満員になり出発。ぺトラを目指す。バスの中ではずっと眠ってた。で、午後2時ぐらいに、ようやくぺトラ入り口にある町に到着。

ちょっと離れたところから、この町を撮影。



なんか、すごいところに来てしまった感じもするが、とにかく予約しておいたホテルにチェックインし、昼食を食べ、さすが二人とも疲れていたので、昼寝をした。


~ヨルダン旅行記、第二部へ続く。

2008年4月27日日曜日

パンが消える週

ちょっとご無沙汰。
ところで、先週一週間は"Passover"と呼ばれるユダヤ教の休日で、大学は休みだった。"Passover"は日本語では過越って訳されているようである。基本的には、その昔、大昔、たぶん数千年前にエジプトで奴隷の身だったユダヤ人がモーセに導かれてパレスチナの地に逃れてきたことを祝う、というか正確には、当時のユダヤ人の苦労を忘れないようにするため休日らしい。

よく耳にする、「モーセが海を人が通れるように切り開いた」って話はこのときに発生したイベントらしい。

さて、ユダヤ人はエジプトから逃げてきた訳だから、逃亡中は忙しくてパンを焼く際にイースト菌を発酵させる暇がなかった!!そこで、イースト菌を使わず、ただ小麦粉だけを焼いて食べたのだ!!そして、なんと、なんと、そんなユダヤ人の苦労を忘れないようにと、このPassoverの最中はイスラエル中のスーパーやレストラン、その他ありとあらゆる店から

「パンが消える」

のである!!一週間丸々!!当然、パン屋は休み。そして、パンに変わって登場するのが、これ




そう、これこそがかつてユダヤ人が逃亡中、忙しくて小麦粉だけを焼いて食べたとされるMatzoと呼ばれるもの。

このPassoverの間は、パンの代わりにこれを食べるのだ。なんか、味のついてないクラッカーみたいだが、かなり脆くて、簡単にぼろぼろ崩れて、回りが結構ちらかる。美味しいものではないが、かつてのユダヤ人の苦労を思い出すためのものだから、美味しかったら意味がないらしい。

そんなPassoverも昨日で終了し、今日からは全てが正常に戻った。

2008年4月8日火曜日

帰国

昨日、3週間のアメリカ出張から帰ってきた。
やはり、毎週違う場所に3週間というのは、結構疲れた。時差ボケもまだ余裕でのこってる。

でも、結構、実りの多い出張だった。

2008年3月24日月曜日

只今、出張中

先週から、アメリカに出張中である。
先週はPurdue大学(シカゴの郊外)。
今週はUCLA(ロサンゼルス)。
来週はUCSD(サンディエゴ)に行く予定。

3週間の出張ということで、今回はラップトップを持ってやって来たから、日本語が打てる。そんな訳で、ブログも更新。

でも、出張はやはり疲れる。

2008年3月15日土曜日

安息日の昼食

今日は安息日。基本的に店などは夜まで閉まってるのが普通。町中にも人影はまばら。そんな安息日の昼。歩いて駅前まで行ってきた。当然店は全部お休み。こんな感じでシャッターが閉じている。



そんな安息日に、なんと、なんと、なんと昼からオープンしている店があるのだ。それがここ



言わずと知れたマクドナルド!!この駅前のマックは安息日でも昼の12時からオープンするのだ。そんな訳で今日の昼はここで食べることに。ごく一般的なセットメニューを食べた。こんな感じ。



ちなみに、ハンバーガーがちょっと大きめ。で、値段の方はこれで、なっ、なっ、なっ、なんと約900円。これって高くねぇ~かぁ~??!!

ところで客は私以外はいなかった。なんか店を開ける意味があるだろうか。