2011年6月3日金曜日

日米体罰比較

約一年半ほど前に、実にくだらないガンダム記事を書いてしまったことがあったが、そんなくだらない記事をくだらないままにしておかないために、ちょっと書いてみようと思う。

まず、このガンダム記事で取り上げたアムロ君とブライト中尉のやり取りを復習。

ア:殴ったな!!
ブ:殴ってなぜ悪い!?
ア:親父にだって殴られたこと無いのに!!
ブ:それが甘ったれなんだ!!殴られずに一人前になったヤツがいるとでも言うのか!?


実に時代錯誤なやり取りではあるが、私自身はそんなガンダムの話が作られたほんのちょっと後から日本で学校教育を受け始めたのだが、私が小学校入学当時、学校内には余裕で体罰が横行していた。


私が入学したのは1年2組。担任はB先生(♂)。悪いことをしたら、この先生は長さ50センチぐらいで、断面が3センチ×1センチぐらいの木の棒とういか角材を持ち出し、お尻をバチ〜ンと叩く、といった感じの体罰を当たり前の用に行なっていた。


この体罰は「お尻ペンペン」というそのまんまの名前で呼ばれており、これに使われた棒は「お尻ペンペンの棒」というこれまたそのまんまの名前で呼ばれていた。


この「お尻ペンペン」、基本的にクラス全員の前で、見せしめのごとくに行われることが多く、食らった時も痛いが、そのあと自分の席に座ると、お尻にまた別の痛みが走るというものだった。一度で二度痛いのがお尻ペンペンだった。


そして、この「お尻ペンペンの棒」は普段は子供たちの手に届かぬようにと、掃除用具入れの上に置かれていた。




さて、ではアメリカではどうか?



意外と知られていないようにも思えるのだが、アメリカの教育現場において、体罰は日本以上に厳しく禁じられているのだ。


だいぶ以前、とあるアメリカ人の友人とこのことについて話したことがあるのだが、この友人は小学校から高校までの間、先生が生徒に手を挙げたのを一度だけしか目撃したことがないらしい。


その一度というのは、高校時代に先生が生徒をひっぱたいたというものらしいのだが、なんと、その先生はその日で解雇され次の日から学校には来なくなったとのこと。


ちなみに、この友人というのは私より7歳ぐらい年上であるため、それを考えるとだいぶ以前からアメリカの学校では体罰が厳しく禁じられていたことが分かる。


私もそれ以来、注意して見ているのだが、たまにではあるが、生徒に体罰を振るい解雇された学校の先生の話がテレビのニュースで取り上げられることがある。


で、私の方はというと、大学で教えているので、基本的にこの辺のこととは無縁なことは言うまでもないのではあるが。




でも、話をガンダムにもどすと、よくよく考えるとアムロ君とブライト中尉は生徒と先生ではなく、地球連邦軍という軍隊の部下と上官。(と言ってもマニアックな厳密なことを言えば「ぼくだって軍人じゃない!!好きでガンダムに乗ってる訳じゃないんだ!!」っていうアムロ君の台詞もあるが。)


とにかく、アメリカ軍ではどうかというと、上官の部下に対する体罰もそうとう厳しく禁じられており、もしそのようなことがあれば、上官にはかなり厳重な処罰が下されるのだ。




さて、話を日本に戻すが、もちろん、私が小学校教育を受けたのは、もう遥か遠い昔のこと。もちろん、現在では「お尻ペンペン」のようなことが行われることなどあり得ないのは言うまでもないかもしれないが。


実際、私が小学校の時、学年が上の方に上がった時(正確な学年は忘れてしまったが)、このB先生が再び1年生のクラスの担任になったことがあった。


で、ある時なんかの用事で私と友人の何人かが放課後にB先生の教室に遊びに行ったことがあったのだが、その時、掃除用具入れの上をみたら、そこにはかつて1年2組の生徒たちを恐怖の底に陥れたあの「お尻ペンペンの棒」の姿が無かった。


私と友人たちは無邪気に「お尻ペンペンの棒」はもう無いのかとB先生に聞いてみたところ、「今年の一年生はみんなと違っていい子ばかりだから、お尻ペンペンの棒は必要ないんだよ」といった答えが帰ってきたのを今でも覚えている。


子供ながらに、なんか怪しいとも思ったが、まぁ、そうなのかぁ、とその場では納得した。が、今思えば、体罰に対する風当たりが強くなる時代の流れの中で「お尻ペンペンの棒」は封印せざるを得なくなっていたのだろう。




とこんな感じで、日本でも現在では体罰は厳しく禁じられているが、それでもアメリカほどは徹底してないようにも思えるのだが、どうであろうか?




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2011年5月26日木曜日

冬の奇跡

この冬、私に一つの奇跡が起きた。





な、なんと!!







風邪を引かなかった!!







これは私にとっては奇跡に近い。そう、私は子供のころから風邪を引きやすい体で、冬などは毎年確実に最低一回は風邪を引いていた。

子供の時はそれが理由で学校が休めたから特に問題は無かったのだがww、さすがにこの年になってそんなことも言ってもいられない。



特に今年は、就活とかあるから、風邪は引きたくなかった。



そこで、風邪を引かないために、毎日あることを徹底して行ったのだ。





そのあることとは?













という訳で、この続きは次回に













というのは嘘で、毎日行ったこととは、







手洗いと喉のうがいを徹底する





という、実に基本的なものだった。でも、かなり徹底的に行った。毎日毎日、外から帰ってきたときはもちろん、大学の中でも、かなり気合い入れて。


そしたら、風邪を引かなかった。


このおかげで風邪を引かなかったのか、たまたま引かなかっただけなのかは定かでは無いが、私が風邪を引かなかったのは最初にも書いたように奇跡に近い。多分このおかげだと思う。冬の終わった今でも、手洗いとうがいを同様に徹底して行っている。このままいつまで風邪をひかないか、ちょっと見物である。


でも、こんな基本的なことで風邪を引かないなら、もっと前からやっときゃよかった。


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2011年5月19日木曜日

日米大学比較〜一般教養

皆さん、こんにちは。今日は、日米大学比較シリーズです。このシリーズも今回で10回目になりました。で、今回は一般教養について。

日本の大学で一般教養は通称「般教」。アメリカではGeneral Educationと呼ばれており通称"GE"。

日本のほとんどの大学でもやはり一般教養科目を履修することが義務づけられており、アメリカでも基本的に全ての大学でGEの授業をある一定の単位数履修する必要がある。

が、日本とアメリカにおいては、この一般教養の意義やそのあり方に大きな違いがあるのだ。


日本の場合


最近では、日本のでは一般教養のあり方も変わってきて、以前(私が学生だった頃)よりもだいぶ一般教養の要求量も少なくなってきたと聞くこともあるし、また、各大学ごとによっても結構異なったりもするようなのではあるが、概して言えることは、「一般教養科目」として専門科目とはいわば「別枠」になっているのが基本のように思える。

つまり、「一般教養の社会学」とか「一般教養の心理学」とか「一般教養の数学」のような感じで。

また大学によっては「教養課程」なるものが独立に存在する所もある。

さらには、前回書いたように日本の大学には総合大学でない大学も多数存在する。そのような大学では、一般教養科目自体も、各学部や学科ごとにオファーされることも珍しくない。

例えば、私は日本の大学では工学部だったのだが、一般教養の授業などは酷いものだった。社会学とか心理学とか経済学とか、工学部生向けの一般教養の授業ああり、そのような(かなり少ない選択肢の)中から、いくつかを選択して履修するというものだった。

さらには「一般教養課程用の教員陣」みたいな人たちがいて、このような人たちが一括して一般教養の授業を担当したりしていた。

当然、授業を受けてるのも全員工学部の学生。そのため(全員では無いにしても)多くの学生はほとんど興味もなくただ必修させられる。

そのため、教える教員の方も(全員では無いにしても)やる気がない。今思えばのことなのだが、工学部生向けの一般教養の授業なんて担当したくないけど、大学教員としての職を見つけるのは極めて大変(そのことは現在の私には痛いほどよく分かる)だし、そんな中、なんとか得られた職だから「背に腹は代えられない」ぐらいの気持ちで仕方なく教えていたのでは、と思える人たちも沢山いたように思える。

そんな状況下で、教員のやる気無さが、学生のやる気無さをさらに拍車をかけ、それがさらに、教員のやる気無さを加速させる。そこにあったのは、絵に描いたような悪循環であった。

結果として、ほとんどの学生にとって、一般教養の授業など無意味なものであったように思える。


アメリカの場合


では、アメリカではどうなっているか?

そのことを見ていく上で、2点ほど頭に入れておくべきことがある。まず前回に書いたようにアメリカの大学は基本的に全て総合大学であるということ。そして、だいぶ以前に書いたように専攻分野は大学に入学してから徐々に決めていくという制度になっているということ。

そのような中で、一般教養(GE)というのは、もちろんその名のごとく一般的な教養を身につけるためでもあるのだが、それだけではなく、GEの授業を通して、各学生が自分に適した分野を決めていくためのものでもあるのだ。

そのため、GEの授業も「特別枠」のようなものがあるのではなく、各分野の入門レベルの授業がGEの単位としてカウントされる制度になっている。

例えば、経済学でGEの単位を取りたければ、経済学部で開かれる授業のレベルの低い、つまりcourse number(参照記事)の低い授業を履修することになる。

そのような状況だから、GEとしてカウントされる授業を履修すると、実にいろいろなタイプの学生がいることが分かる。経済学の授業であれば、これから経済学を専攻又は副専攻しようと考えている学生もいるし、そこまでは考えてないけど、とりあえずGEの単位にもなるし面白そうだから、と考えてい履修する学生もいる。もちろん、大して興味も無いけど、GEの単位のためだけに履修する学生もいる。

でも、私の学部時代の一般教養の授業とは異なり、興味も無いのに無理矢理履修させられているような学生は一部であるために、上で述べたような悪循環は基本的に起こりえないように思える。

また、担当する教員も「一般教養用の教員」のような人がいるのではなく、各学科の教員が持ち回りで担当したりするのが普通だったりする。ただ、大きな大学だと、たまに大学院生がこれらの授業を担当することもあるのではあるが。

いずれにしても、私が思うことは、アメリカのGEのシステムは「大学に入学してから、色々な授業を履修することを通して、徐々に専門分野を決めていく」というアメリカの大学のシステムの中で、重要な意味を持っているように思える。


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2011年5月13日金曜日

出張記のおまけ

前回の出張記の続き。

研究集会は日曜の午前中で終わりだったため、日曜の午後がフリーになった。人によっては、その日のうちに帰路についたりしたのだが、私はというと、せっかくBaltimoreに来たのだから、これを利用して近くに住む友人とあうことに。

その友人とは、以前にこのブログで登場した私の大学院時代の親友のJames。彼が住むワシントンは出張先のBaltimoreから1時間程度のところなので、この日の午後に会うことに。


が、


なんと、直前になって急な仕事が入ったらしく、この日は会えないとのこと。


残念だけど、仕方が無い。


でも、急な仕事って何だろう?


前回、彼を紹介した時に書いたように、彼はいま、アメリカ大統領直属の諜報機関であるNSA(国家安全保障局)で働いている。


ん?まてよ。


NSA?大統領直属?諜報機関?


そうだ!!


きっと、先日アメリカ軍がビンラーディンのあじとから持ち帰ったハードディスクの内容解析でもやってるに違いない。



そうだ、きっとそうに違いない。



そうか〜、世界平和の為なら私との約束など大して重要で無いはずだ。そういうことにしておこう。



そんな訳で、この日の午後は完全に空きになってしまった。特にやることも無いので、Baltimoreをぶらぶらすることに。


ということで、BaltimoreのInner Harborの写真をどうぞ。













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2011年5月4日水曜日

キャンパスで見つけたちょっとカッコいいもの

なんかこういうのって、昔、戦隊ヒーローもので見た感じがする。



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2011年4月25日月曜日

夏休みの予定

今年の夏休みは、ビザ申請の関係で、なんと、日本には、6月9日に帰り、8月8日までいることになった。

丸々二ヶ月間。

って、そんなに日本にいて、いったいなにするよ?



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2011年4月18日月曜日

日米大学比較〜総合大学と単科大学

今回は日米大学比較シリーズ。

総合大学と単科大学に関して書くことにするが、このことは日米の大学で大きな相違点の一つでもあると、私はつくづく思っている。


日本の場合


日本の場合、大学によっては総合大学の所もあるし、単科大学の所もあるし、また、その中間みたいな場所もあり、かなりいろいろなパターンがある。

東大や京大、早稲田や慶応は言うまでもなく、一般的な大学(日大とか)でも一つの大学が人文、社会、理学、工学、その他もろもろ、文理を問わず一通りの学問分野を有するような大学が基本的に「総合大学」と分類されている。

さらには、これらのような、完全な(?)総合大学とまではいかないまでも、それに準ずるような大学も多数ある。かなり一般的なのは日本で言う「理系」か「文系」の学部・学科のみを有するような大学。理系であれば、東工大とか東京理科大とか、文系であれば一橋大学とか、いわゆる名門大学と言われる大学の中にもこのような大学は存在する。

そして、さらには、単科大学、つまり基本的に一つの分野のみに特化したような大学もたくさんある。東京外語大学とか名門と呼ばれるような大学の中にもある。

もちろん、「単科」とまで言わないまでも、「2、3科」ぐらいの場所もある。「経済学部と法学部だけを有する大学」みたいな感じで。

あと、芸大、音大、医大といった感じの大学も「単科大学」と言えると思う。

と、こんな感じでいろいろなパターンがあるが、残念ながら日本の場合、総合大学であっても、入学の際に専攻学科を決めさせられるのが一般的である上に、入学後にその変更も難しく、授業の履修も、各学生の所属学科によってかなり限定されてしまう場合が多いため、結局、「学部・学科が異なれば別世界」的なところがある。

さらには、総合大学やそれに準ずるような大学であっても、A学部とB学部はXキャンパス、C学部とD学部はYキャンパス、みたいな感じで、それぞれの学部・学科がいくつかのキャンパスに分散されてしまっている大学も多く、この場合、結局「総合大学」とは言っても、事実上は「複数の学部・学科を一つの大学が経営している」だけになってしまっているようにも思える。

そう考えると、学生にとっては総合大学だろうが、単科大学だろうが、結局あまり差はないようにも思える。



アメリカの場合


アメリカの場合はUniversityやCollegeを名乗るような場所であれば、基本的に全て総合大学であるのだ。


名門と呼ばれるような大学はもちろんのこと、地方にある小さな大学であっても、全てと言っていいぐらい、総合大学なのだ。というか、私はこの例外を聞いたことがない。

そして、さらには、短大であっても、基本的な学部・学科を全て有する総合大学であったりする。

例えば、以前私が、コロラド州へのドライブの帰りに立ち寄った、小さな小さな短大(参照記事)。この短大の名前はCobly Community College。で、この大学のホームページで専攻できる分野のリストをチェックしてみればわかるが、人文、社会、理学、工学はもちろん、農学や、医学や歯学の基礎、さらにはArtやMusicといったような日本だったら芸大や音大にでも行かない限り学べないようなことまで学べてしまうのである。こんな、地平線以外何も無いような場所にぽつんと存在する小さな短大だって、このような感じの完全な総合大学なのだ。

さらに、以前からこの日米大学比較で書いているように、学部・学科の垣根を超えた自由な履修が可能な環境があるため、ただ「複数の学部・学科を一つの大学が経営している」という訳ではなく、学生達は、実に幅広い選択肢の中から様々な分野のことが学べる仕組みになっているのだ。

もちろん、それぞれの学部や学科がいくつかのキャンパスに分散されていることもなく、全ての学部・学科が地理的に同じ場所に存在するのだ。


このような点も日米における大学のあり方の大きな相違点だと思える。


補足

アメリカにおいて例外としては、大学においては法学部と医学部を有さない場所は多々存在する。例えば私が現在所属するPurdueには法学部と医学部は存在しない。が、これはある程度知られている(?)と思うのだが、アメリカでは法学と医学の専門課程は大学院から始まる。これが、いわゆるLaw SchoolとMedical School。そのため、大学によってはLaw SchoolやMedical Schoolを有さない大学も多数あるのだ。が、このことについてはまた別の機会に詳しく書くことにする。


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